政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
4 / 128
Chapter 1

一度会っただけですが婚約します

しおりを挟む
 
 富多 将吾とわたしの婚約が決まった。

 清香おばさまによると、お相手側がわたしのことをとにかく気に入っているらしく、早く話を進めてほしいと猛プッシュしてきたらしい。

 しかし、彼とはあの日以来、会ってない。なんでも仕事が忙しく時間が取れないらしい。
 ……ということは、まだ一度しか会っていない、ということだ。

 あの日の、あの態度で——わたしのことを気に入っているとは、とても思えないんですけど?

 それでも、わたしは婚約することを承諾した。
 だって……わたしはあのとき、決めたのだ。

 欲のないわたしがこの人生の中で唯一望んだ夢を失ったあのとき——わたしにはもう、必要とするものがなくなってしまった。

 だから、これからは必要とされるものに身を任そうと——わたしのことを必要とする場なら、わたしにはどこだって同じだ。


゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 土曜日の休日、わたしは自宅の自分の部屋で、無◯の通称「人をダメにするソファ」でごろごろしながら雑誌をめくっていた。

 そのとき、再従妹はとこの蓉子からL◯NEが来た。彼女の結婚が決まってお祝いのL◯NEを送って以来、また連絡を取り合うようになった。

【今から電話していい?】

 わたしは【OK~!】と叫ぶターザンのスタンプを送信した。

 しばらくして、蓉子からL◯NE通話が来た。
『彩乃、婚約おめでとう』

 うちの一族はほぼ同世代だとみなしたら、名前を呼び捨てにする。蓉子なんて、二歳上のわたしはもちろん、四歳上の双子の兄たちや婚約者の慶人や今では会社の上司になった大地でさえ呼び捨てだ。

『……って、言えるのかな?』
 だけど、祝ってくれているはずなのに、なぜか蓉子の声が沈んでいる。

「なあに?どうしたの?……まさか、マリッジブルー?」
と、わざと空気の読めないことを言ってみる。

『なに言ってんの!こっちは幸せいっぱいよっ!!』
 ——はいはい、ごちそうさま。物心ついたときから大好きだった慶人と結婚できるんだもんね。

『……彩乃、ほんとにいいの?今なら、まだ間に合うんじゃない?これから具体的に話が進んでいくと、もう戻れなくなるよ?それでなくても、両方の親の会社も絡んでるんだし』
 わたしが黙っていると、いつも言いたいことはハッキリと言う蓉子が、ためらいがちに話した。

『あのね、慶人が、お相手の人と大学で同じゼミだったのね』
 それはお見合いの席で、慶人の母親である清香おばさまがおっしゃっていた。

『今でもたまにゼミ仲間たちと呑みに行くらしいんだけど。彼はお坊っちゃまだけど、そういうの抜きにしてお仕事がすっごくできて、口は悪いけど気取らずざっくばらんで、おもしろい人なんだって。でも……女性関係を考えると……正直……お勧めできないって……』

 そりゃ、あのステイタスで、あのルックスですもの。何番目の女でもいいからお近づきになりたい、と思う女性がわんさか寄ってくるでしょう。

 蓉子には言わないけど、慶人だって、KO大の在学中から就職した頃にかけてはすごかったよ?
 要領がいいから、親戚たちにはバレてないけど、親戚中にバレまくっていた彼の従兄弟いとこの大地と、どっこいどっこいのことをしていたんだよ?

 ——だけど、慶人は結婚したら、そういう誘惑には乗らないと思う。

『ねぇ……彩乃……あたしが一度、か……』
 蓉子の声を遮るように、
「大地も結婚するんだって? しかも、わたしと同じ政略結婚っていうじゃん?」
 わたしは話題を変えた。

『相手の亜湖あこは、あたしとは会社の同期で親友なのよ。確かに常務の娘だけど、別に政略結婚ってわけじゃないよ。彩乃は覚えてるかな?亜湖は……「市松人形」だったの』

 わたしは遠い記憶をたどる。

「……もしかして、新年パーティに一回だけ来てた赤い着物のちっちゃな子?」
 なんか妙にインパクトが強くて覚えていた。小学生の頃のことなのに。
『そう、その子っ!』

 だとしたら、大地も(たった一回だけとはいえ)子どもの頃から知ってる相手と結婚するんだ。
 わたしもずーっと昔から……子どもの頃から知ってるあいつと……

 ——結婚するつもりだったんだけどね。


 でもね、わたしとあいつは……

 だれも知らないうちに、つき合って。
 だれも知らないうちに、愛し合って。
 だれも知らないうちに、ダメだとわかって。
 だれも知らないうちに、別れたの。

 わたしとあいつがつまらない意地を張って、幼なじみのままでいるっていうわけじゃないの。ちゃんとつき合って、ちゃんと別れているの。

 だから、蓉子、心配しないで。
 あなたのお兄さんに「余計なこと」を……

  ——言わないで。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

処理中です...