1 / 128
Prologue
政略結婚のためにお見合いしてます ①
しおりを挟む今、わたしがいる場所は、わが朝比奈一族が新年のパーティで毎年使っている、わが国を代表する一流の老舗ホテルだ。
そのホテルの中にある、毎年ミシュランの星を獲得している高級料亭で、お昼の懐石料理をいただきながら、わたしのお見合いは進められていた。
わたしの名前は、朝比奈 彩乃。今年の七月で二十八歳になった。
幼稚園から女子大まで、皇室の方々を輩出したお嬢さま学校で学び、卒業後は代々一族が経営し、わたしの父が社長として受け継いでいる「あさひJPNフィナンシャルグループ」という持株会社に就職した。
あさひJPNフィナンシャルグループは、系列にあさひJPN銀行、あさひ証券などの金融機関を擁する大資本家だ。
わたしの生家の朝比奈家は、あさひJPNフィナンシャルグループを率いる創業者一族である。
そして現在、わたしは秘書課に勤務している。
「彩乃ちゃん、秘書のお仕事って、重役さんのスケジュール管理に追い立てられながらも同行してあちこち引っ張り回されたりなんかして、大変でしょう?」
このお見合い話を持ってきてくだすった、水島の清香おばさまが、おっとりとわたしに尋ねた。
ぼんやりしていたが、どうやら話の流れはわたしの仕事のことになっていたらしい。
清香おばさまは朝比奈の出ではあるが、わたしの父の従妹というかなり遠縁にあたる人だ。でも、うちの両親に姉妹がないため、わたし自身に血のつながった伯母がいないこともあり、また、彼女の息子に歳も近いこともあって、親戚同士のおつきあいがあった。
「清香おばさま、わたくしは専属の秘書ではございませんから、そのような重要なお仕事はしておりませんのよ」
——そうなのだ。
重役付きのプロフェッショナルな秘書と違って、秘書課付きは秘書といっても「雑用係」だ。やってることは、例えば営業部の事務サポートとたいして変わりがないに違いない。
確かに勤務するフロアは、重役それぞれの部屋は重厚なデスク、ゆったりしたチェア、ふかふかの絨毯とたいそう豪勢ではあるが、ひとたび「秘書課」のドアを開けると、机も椅子もフロアマットに至るまで、階下の総務部、営業部、人事部と同じだ。
清香おばさまは結婚する前、グループの傘下のあさひ証券にお勤めで、実父であった当時の社長の秘書をされていたから、わたしもきっとそうなのだろうと考えているのだ。
実際のわたしの仕事は、秘書課長から割り振られた業務をやっているに過ぎない。
例えば、毎朝、朝刊を各重役に回覧することとか。
ちなみに、経費削減のため四大紙と日経を各一部しか購入していないので、どれかが読めるようにランダムに配布するのだが、連載小説を楽しみにしている重役がいて、「◯◯新聞はまだか?」と子どものように催促されることがある。
たいてい、そんな連載小説というのは「失◯園」のようなエロい小説だったりするんだけれども……
今日のわたしは、オリーブブラウンの髪をウェーブを活かしてふんわりとアップにまとめて、菖蒲色の地に花薬玉や御所車などの吉祥文様が大胆に施された大振袖を身にまとっていた。
身長が一六八センチのわたしには、このくらい大柄の方が見映えがすると、出入りのデパートの外商から勧められて成人式のために誂えたものだ。
その後は女子大の謝恩会で着て以来しまいっぱなしだったのを、急に決まった今日のお見合いのために出してきたのだ。落ち着いた菖蒲色は、この歳になっても違和感がなかった。
お茶とお華の師範のお免状を持っていて、着物に造詣の深い——今日は淡い藤色の訪問着をお召しである——清香おばさまに「よくお似合いよ」と褒められたくらいだ。
振袖で一日過ごすのはなんとかなるにしても、和室の畳の間で正座するのは正直イヤだな、と思っていたら、テーブル席の個室に通されたときにはホッとした。
「……彩乃」
隣の、鶯色の訪問着をまとった母親の喜和子から声をかけられて、我に返る。反対側の隣に座る父親の榮太郎が咳払いした。
どうやら、また、ぼんやりしていたらしい。せっかくのお料理もまったく進んでいない。
「……さんは、うちの慶人とKO大学で同じゼミだったんですってね。あの子、来年の一月に結婚するのよ」
清香おばさまはうれしそうに言った。
二歳上の再従兄の水島 慶人とは、従兄妹のような関係だ。
「そうなの?」
と、わたしは隣の母親に小声で尋ねた。
「ええ、蓉子ちゃんと決まったのよ」
二歳下の朝比奈 蓉子とは再従姉妹同士になる。
わたしも彼女も姉妹がいないので、親戚の中では一番親しくしていたが、就職してからはなんとなく疎遠になっていた。
——ひさびさにL◯NEしてみよっと。
蓉子は子どもの頃から慶人に夢中だったので、初恋を実らせたわけだ。
ということは ……あいつは、妹に先を越されたわけか。
結婚では——
1
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる