政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

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Prologue

政略結婚のためにお見合いしてます ①

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 今、わたしがいる場所は、わが朝比奈一族が新年のパーティで毎年使っている、わが国を代表する一流の老舗ホテルだ。
 そのホテルの中にある、毎年ミシュランの星を獲得している高級料亭で、お昼の懐石料理をいただきながら、わたしのお見合いは進められていた。

 わたしの名前は、朝比奈あさひな 彩乃あやの。今年の七月で二十八歳になった。

 幼稚園から女子大まで、皇室の方々を輩出したお嬢さま学校で学び、卒業後は代々一族が経営し、わたしの父が社長として受け継いでいる「あさひJPNフィナンシャルグループ」という持株会社に就職した。
 あさひJPNフィナンシャルグループは、系列にあさひJPN銀行、あさひ証券などの金融機関を擁する大資本家だ。

 わたしの生家の朝比奈家は、あさひJPNフィナンシャルグループを率いる創業者一族である。
 そして現在、わたしは秘書課に勤務している。


「彩乃ちゃん、秘書のお仕事って、重役さんのスケジュール管理に追い立てられながらも同行してあちこち引っ張り回されたりなんかして、大変でしょう?」
 このお見合い話を持ってきてくだすった、水島みずしま清香きよかおばさまが、おっとりとわたしに尋ねた。
 ぼんやりしていたが、どうやら話の流れはわたしの仕事のことになっていたらしい。

 清香おばさまは朝比奈の出ではあるが、わたしの父の従妹いとこというかなり遠縁にあたる人だ。でも、うちの両親に姉妹がないため、わたし自身に血のつながった伯母がいないこともあり、また、彼女の息子に歳も近いこともあって、親戚同士のおつきあいがあった。

「清香おばさま、わたくしは専属の秘書ではございませんから、そのような重要なお仕事はしておりませんのよ」

   ——そうなのだ。

 重役付きのプロフェッショナルな秘書と違って、秘書課付きは秘書といっても「雑用係」だ。やってることは、例えば営業部の事務サポートとたいして変わりがないに違いない。
 確かに勤務するフロアは、重役それぞれの部屋は重厚なデスク、ゆったりしたチェア、ふかふかの絨毯とたいそう豪勢ではあるが、ひとたび「秘書課」のドアを開けると、机も椅子もフロアマットに至るまで、階下の総務部、営業部、人事部と同じだ。

 清香おばさまは結婚する前、グループの傘下のあさひ証券にお勤めで、実父であった当時の社長の秘書をされていたから、わたしもきっとそうなのだろうと考えているのだ。

 実際のわたしの仕事は、秘書課長から割り振られた業務をやっているに過ぎない。
 例えば、毎朝、朝刊を各重役に回覧することとか。

 ちなみに、経費削減のため四大紙と日経を各一部しか購入していないので、どれかが読めるようにランダムに配布するのだが、連載小説を楽しみにしている重役がいて、「◯◯新聞はまだか?」と子どものように催促されることがある。
 たいてい、そんな連載小説というのは「失◯園」のようなエロい小説だったりするんだけれども……

 今日のわたしは、オリーブブラウンの髪をウェーブを活かしてふんわりとアップにまとめて、菖蒲色の地に花薬玉や御所車などの吉祥文様が大胆に施された大振袖を身にまとっていた。
 身長が一六八センチのわたしには、このくらい大柄の方が見映えがすると、出入りのデパートの外商から勧められて成人式のために誂えたものだ。

 その後は女子大の謝恩会で着て以来しまいっぱなしだったのを、急に決まった今日のお見合いのために出してきたのだ。落ち着いた菖蒲色は、この歳になっても違和感がなかった。
 お茶とお華の師範のお免状を持っていて、着物に造詣の深い——今日は淡い藤色の訪問着をお召しである——清香おばさまに「よくお似合いよ」と褒められたくらいだ。

 振袖で一日過ごすのはなんとかなるにしても、和室の畳の間で正座するのは正直イヤだな、と思っていたら、テーブル席の個室に通されたときにはホッとした。


「……彩乃」
 隣の、うぐいす色の訪問着をまとった母親の喜和子きわこから声をかけられて、我に返る。反対側の隣に座る父親の榮太郎えいたろうが咳払いした。
 どうやら、また、ぼんやりしていたらしい。せっかくのお料理もまったく進んでいない。

「……さんは、うちの慶人けいととKO大学で同じゼミだったんですってね。あの子、来年の一月に結婚するのよ」
 清香おばさまはうれしそうに言った。
 二歳上の再従兄はとこの水島 慶人とは、従兄妹いとこのような関係だ。

「そうなの?」
と、わたしは隣の母親に小声で尋ねた。
「ええ、蓉子ようこちゃんと決まったのよ」

 二歳下の朝比奈 蓉子とは再従姉妹はとこ同士になる。
 わたしも彼女も姉妹がいないので、親戚の中では一番親しくしていたが、就職してからはなんとなく疎遠になっていた。
   ——ひさびさにL◯NEしてみよっと。

 蓉子は子どもの頃から慶人に夢中だったので、初恋を実らせたわけだ。

 ということは ……あいつ・・・は、妹に先を越されたわけか。

 結婚では——

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