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第四部「その日の朝」
第二話
しおりを挟む昨夜はめずらしく、断続的に空襲警報が鳴り響いていた。
それで廣電が止まってしまったので、壮行会に出ていた廣子と父母は帰れなくなり、婚家に泊めてもらうことになった。
だから今朝は、婚家の最寄りである八丁堀の停留場から乗ったのだ。
そうでなくとも職場である国民学校へは遠くなったというのに、今から一時間ほど前に突然、空襲警報が発令された。
婚家の裏庭に掘られた防空壕へ、だれもがあわてて飛び込んだ。
夫の兄のまだ幼い子どもたちが昂奮して騒いだので、嫂の徳子から「こがぁな非常時に暴えよる子ぉは非国民じゃっ」と、こっぴどく叱られていた。
子どもたちの父で廣子にとっての義兄である正信は、廣島県庁に勤めていたが、今は応召で南方へと征っていた。
どうやら、いつものように数機のB29がこの街の上空を旋回しただけで、すぐに引き返して行ったようで、空襲警報はじきに解除された。
それからあわてて出勤の支度をした。今の時刻ではもう、いつもならとっくに職場に着いているはずだ。
——安藝ちゃん、大丈夫じゃったじゃろか。寬仁さんがおるけぇ、心配せんでもえぇじゃろうが。
東京から疎開してきた廣子の従妹の安藝子は壮行会には来ず、廣子の実家で一人留守番をしていた。
昨夜、空襲警報のサイレンが鳴ったとたん、壮行会の「主役」である義弟の寬仁が、急にそわそわしだした。
安藝子が怖くて一人では防空壕に入れないことを寬仁は知っていて、心配で堪らないのだろうと廣子は悟った。
「……安藝ちゃんは夜もなかなか眠れんし、眠ってもよううなされとるけぇ、よっぽど空襲が怖いんじゃろうから、様子を見に行ってくれん」
廣子がそう頼むと、寬仁は迅る気持ちを抑えきれず、転げ出るような勢いで家を飛び出して行った。
二人は「相惚れ」じゃ、と廣子は確信した。
安藝子は出征する寛仁のために「弾除けのお守り」をつくっていた。つくりかたを教えたのは廣子だ。
もちろん、かつての廣子も亡き夫である義彦のためにつくった。
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