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第三部「いつか」
第四話
しおりを挟む灯火管制で電灯の周りに黒い布を巻きつけているため、灯りを点けても薄暗い中で囲む夕飯の席で、わたしは廣子の亡き夫の弟が入営の挨拶のために訪ねて来たことを告げた。
「……寬仁さんは工専の学生じゃけぇ理科系なんに、赤紙が来たんじゃねぇ」
伯母は微かななため息とともに呟いた。
東京をはじめとする大都市が、あんなにやられているのだ。戦地はもっと厳しい状態なのだろう。かろうじて猶予されていた理科系の学生も、これからはどんどん召集されるに違いない。
「なに云うとるんじゃ。兵隊になってお国のためにご奉公するんが、一人前の日本男児というもんじゃろうが」
伯父が顔を顰めて窘めた。
「ほいじゃけぇ、兄弟三人ともお国に差し出すお母さんは、どがぁな気持ちじゃろう思うて……」
娘ばかりの母親である伯母は、申し訳なさそうに云った。
廣子の戦死した夫には兄もいて廣島県庁に勤めていたが、妻と子どもたちを残して既に陸軍に召集されていた。今は南方の部隊に配属されているらしい。
廣子はなにも云わず、ただ目を伏せていた。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
すべてが寝静まった夜、目が覚えて寝つけないわたしは、寝返りを繰り返していた。
隣の蒲団では、廣子が規則正しい寝息を立てている。
子が流れて以来すっかり弱くなってしまった身体に、炎天下での、いくら学童疎開で人数が減っているといっても、腕白盛りの子どもたちを率いての勤労奉仕はさぞきつかろう。
でも、どんなに生意気な男の子であっても「軍神の妻」である廣子には一目置くらしい。親御さんたちも畏敬の念で接してくれるそうだ。
満洲にいる上の従姉の典江は美人でなんでもよくできてしっかりしていたから、少し近寄りがたい雰囲気があったが、下の従姉の廣子は歳も近いし、小柄で可愛らしくおっとりしていたので話しやすかった。
わたしが帰省したときには「廣ちゃん」「安藝ちゃん」と呼び合って、まるで友達のようになかよく過ごした。
今も、わたしがこの地の言葉に囲まれて、ちょっと疎外感を持ちながら暮らしているのを気遣ってくれている。
だけど、「先生」になって少し変わってしまった。いや、「軍神の妻」になってから、だろうか。
丈夫な身体が損なわれていくのと引き換えに、末娘特有の少し頼りなげだった気性は失せ、痛々しいまでの気丈さを身につけていった。
亡き夫の忘れ形見の子を喪ったときですら、彼女は実の母にも姉にも、決して涙を見せなかったそうだ。
私が寝つけなくなったのは、東京を離れてこの地へ来てからだ。
東京にいた頃は、寝ついたと思ったら警戒警報、そして瞬く間に空襲警報が、辺り一面に鳴り響いた。
それでも、うちの方は爆撃からどうやら外れたようだと知れると、家族三人で身を固くして入っていた、家の裏の真っ暗な防空壕の中ですら、いつの間にかうつらうつらしたものだ。
空襲などほとんどないこの町に来て、毎晩こんなに眠れなくなるなんて不思議でならない。
眠れないのは、眼を瞑ると思い出すからだ。
——あの五月の、夜通し続いた空襲の日を……
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