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肆の巻「謀(はかりごと)」
其の肆 〜捌〜
しおりを挟む与太はあまりの驚きに、咄嗟に声も出ないくらいだった。
「早速、吟味に取り掛かるゆえ、某は奉行所に戻る。
それから、伊作の女房もこの件に絡んでおることがわかった。おまえは、その女房も知っておるか」
「えっ……伊作親分までが……」
また言葉を失いかけたが、与太だって「御用聞き」の端くれだ。腹にぐっと力を込める。
「伊作親分よりずいぶん歳が下で、一体親分の何処に惚れたんでぇ云うぐらい品のあるおなごでやす。三ノ輪の店で扱ってる物が、数は少ねぇけど珍しいってんで、玄人の妓たちに評判でさ」
そして、うーんと腕を組んで考え込むも……ぱっと顔を上げた。
「あっ、話したことは数えるほどでやすが、そういや、ちょっと訛りのある女でござんした。確か……芸州……安芸国の出だっ云っておりやした」
松波は深く肯いた。
「相分かった。吟味には与太、おまえも加わってもらうからな。……ところで、何処かで馬は手配できぬか」
与力は江戸市中での馬の騎乗が認められていた。駕籠なんぞでは時の間に合わない。
「あっ、そんならちょうど今、世話をしてた処でやんす。ただ、おいらは鞍が……」
「構わぬ。某が付ける。厩へ案内せよ」
それから、松波は彦左を駆けつけた部下の役人に引き渡すと、慌ただしく奉行所へ向かう馬上の人となった。
与太は、捕縛された彦左を囲む町方役人の中に島村 広次郎の姿を見た。
——島村様があすこにいなさるっ云うこった、おすては無事に逃げてんだな……
島村は此度の御役目で、おすての「娼方」となった。ただし、すぐに顔に出てしまうおすてには、「広島新田藩の若様の初登楼に随行する藩士」だと伝えていた。
——だいたい、おすてみてぇな奴に「囮」なんざ無理だってんだよ……
与太は島村に駆け寄った。
「おお、与太か」
「あ、あのっ……」
やはり、どうしても聞いておきたかった。
「えっと、その……かような大見世に登楼るってのは、どんなもんかなって思って……」
「そうか、おまえは興味あるのか。朋輩からも『役得』だなと云われたがな。遊女とは名ばかりの初見世の妓であったし、大見世と云えど、引手茶屋も行けず宴会も御前様たちとは別であったゆえ、品川や千住などの岡場所とたいして変わらんぞ」
島村は乾いた笑みを浮かべた。
「それに、今は……好いた女がおるからな。ゆえに、妓には初日に『床入り』はできぬと云うた」
与太は心の底から安堵した。このまま、地面に崩れ落ちてしまいそうだった。
「ところで、島村の旦那、『髪切り』が彦左だって松波様より聞きやしたが……」
「おまえは知り合いだったな」
島村は、与太が明石稲荷で彦左と話をしているときに物陰から見ていたから知っている。
「少しばかり、話をしてもみるか」
与太は大きく肯いた。
だが、しかし——目の前の彦左は人が入れ替わったみたいに「別人」だった。
ずっと、なにやらぶつぶつと経文でも唱えているかのように忙しく口を動かしている。
——奉行所とっ捕まったから、こうなっちまったんだろうか……
それでも、与太は彦左に話しかけた。
「なぁ、彦左……おめぇが『髪切り』だったとはな……」
与太は、彦左のことにしても、親分の伊作のことにしても、まだすんなりとは飲み込めないのだ。
「おめぇはよ、おすてとおいらがいるとき、いっつも邪魔しやがってさ……いけすかねぇ奴だって思ってたけど、おいらが『髪切り』をとっ捕まえるのには力を貸してくれそうだったのによ……」
——おいらはこいつをとっ捕まえるために、動いていたってのかよ……
「お……すて……」
彦左がいきなりおすての名を呼んだ。
そして、カッと目を見開いた。
「おすてが……み、見世の中に……」
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