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肆の巻「謀(はかりごと)」
其の肆 〜壱〜
しおりを挟む暮れ六つ、夕闇迫る刻がやってきた。
廓の玄関先にずらりと並んだ芸者衆が、一斉に手にしたお三味を掻き鳴らす。
下足番が、紐の付いた下足札を漁師が網を投げるが如く、ばらりと空へ放つ。
それを合図に、客寄せの男衆が勢いよく表におん出て、往来に向かって大声を張り上げる。
通りに面した張見世では、廻り部屋の女郎たちが長煙管を片手に座し、大籬で仕切られた向こうから、今宵ひとときの「 娼方」を求めて吟味する男たちへ向けて、艶を帯びた流し目を送っている。
吉原は久喜萬字屋の「夜」が始まった。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
ところが兵馬はその頃、安芸国 広島新田藩の次期藩主・浅野 粂之助として、今の三代藩主・浅野 近江守に連れられ、引手茶屋で「遊んで」いた。
久喜萬字屋のような大籬にいる遊女を「娼方」にするには、まず「引手茶屋」なるものへ「必ず寄らねばならぬ」のだ。
引手茶屋は、吉原の大門を潜って入ったすぐの大通り沿いにある仲之町にずらりと並んでいて、其処で料理茶屋から取り寄せた膳に舌鼓を打ちながら、芸者や幇間たちが繰り出す歌舞音曲を愉しむのだ。
そして、間に入って勘定を取り持つ役も担っていて、特に廓にとっては引手茶屋を通すと客人の支払いを先に立て替えてくれるから重宝している。
初めて引手茶屋を訪れたとき、
『此処でしかと腹拵えしておけよ。久喜萬字屋ではなにも喰えぬからな』
と、近江守は兵馬に教えた。
廓で食すのは「野暮の骨頂」ゆえ、と云うのは表向きで、実のところは見世で働く妓たちへ食べさせるためである。
夜見世の前に握り飯と汁物くらいしか与えられておらぬ妓の楽しみは、見世が引けたあとの「御座敷の膳の残り物」なのだ。
ひとしきり愉しんだあとは、いよいよ久喜萬字屋へと向かうのだが——必ず「迎え」がやって来る。
此れを「呼出」と云い、さらに吉原の中でも最上の遊女(花魁)を買う客に限ってのことととした。
すると、それまでの吉原の最高位だった「太夫」という呼び名の代わりにいつしか「呼出」と云うようになっていった。
「主さん、ようおいでなんし」
襖の向こうから、舞ひつるの声が聞こえてきた。実に、およそ半月ぶりであった。
そして、兵馬を迎えにやってきた舞ひつると二人連れ立って、これから廓へと向かうのだ。
ところが——何故か、その舞ひつるである美鶴が、襖の陰から出てこない。
「本日は、主さんらにお願いごとがありんす」
羽衣が改まった物云いをする。
「ほう、如何した。まさか、いきなり花魁道中をしたいなぞと云うのではあるまいな」
羽衣の「娼方」である近江守が豪放磊落に笑った。
引手茶屋から廓へ向かう道すがらを、大名行列よろしく遊女たちが豪華絢爛に着飾って練り歩くさまを「花魁道中」と呼ぶ。
本当に羽衣が望めば、二つ返事で引き受けそうである。
されども、羽衣はその華奢な身体にそぐわぬ大きな鼈甲の笄や珊瑚の簪が何本も挿された頭を、ふるふると左右に振った。
「うちのお内儀さんよりの言伝でなんし。本日限りでありんすが……
舞ひつるを『胡蝶』と呼んでおくれでなんしかえ」
さように云うと、羽衣はすっ、と三つ指をついた。
お内儀が美鶴を再び久喜萬字屋に呼び戻したのは、無理難題を力ずくで通す御武家に対して一泡吹かせたいだけではなく……
たとえ一日限りでも「胡蝶」と名乗らせたかったゆえだった。
幼き頃から、たゆまぬ精進を続けてきた美鶴に「胡蝶」として「初見世」を迎えさせたかったのだ。
「……胡蝶、おいでなんし」
羽衣は襖の向こうに声を掛けた。
まもなく、胡蝶が現れた。
羽衣の大きな髪飾りとその本数に負けず劣らず、鼈甲の笄に珊瑚の簪がその豊かな黒髪に何本も挿し込まれている。
着物も幾重にも重ねられていて、もう「赤いぴらぴら」と称される真っ赤な振袖を纏った「振袖新造」は何処にもいない。
其処にいるのは、見紛うことなき「大籬の昼三」——否や、吉原の最高位「呼出」と云ってもよかった。
「主さん、胡蝶でありんす」
さように名乗ると、胡蝶は艶やかに微笑んだ。
その刹那、兵馬は、我が魂を引っこ抜かれた。
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