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参の巻「駆引」

其の壱 〜伍〜

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「旦那さま、せっかく御酒をお持ちしたゆえ、お召しくださりませ」
   美鶴がすすっと膝を進めて、兄と妹の間に入った。
「おせい、なにをしておる。はよう客人に……」

御新造ごしんぞさん、すまんこってす」
   女中頭のおせい・・・が、あわてて盆を引き寄せて酒器の支度をする。

「松波様」
杉山が声を上げた。
「かたじけのうござる。夜半であろうと、いつまた呼び出しされるやもしれぬゆえ、そろそろいとまを……」

   とりあえず今宵は帰宅を許されたが、今度出仕した折にはおそらく当分戻れぬと思われる。ならば、なるべく早く妻子のいる家に帰りたいのであろう。

「まっ、松波様っ」
   与太もここぞとばかりに声を出した。
「おいらも、明日はようから鳶の仕事が立て込んじまってて……」

   それに、吉原で「囮」になってくれる町家のもんを一刻も早く見つけねばならない。

相分あいわかった」
   兵馬はさように応じると、天女が下賤なこの世の者に放つかのごとき妹の目から、ついっと我が目を逸らした。

「そいじゃあ、二人とも……先刻さっき云ったこと、よろしゅう頼まぁな」


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   杉山と与太の二人が辞したあと、兵馬は美鶴の酌を受けて酒盃をくーっと呑み干した。

   そして、そのまま美鶴の方へ盃を突き出し、
「……ところでよ、何でおめぇまでが此処ここにいやがるんでぃ」
   和佐に向かって訊いた。

   兵馬と今宵の客人に酒を給仕するのであらば、美鶴女中頭おせいのみで事足りる。なにも和佐までもがこの座敷に出向くことはない。

「旦那さまの御用向きの客人に出す御酒をおせいに支度させておりますると、和佐殿がお見えになって、一緒に参りたいと仰せになるゆえ……」
   美鶴が差し出された盃に酒を注ぎつつ、さように口を添えた。

   すると次の刹那、和佐がいきなり畳に手を付いて、身を投げ出すかのごとき勢いで平伏した。

「兄上っ」
「な、なんだ……どうしたってんだ」

   気のこわい妹の思いがけぬさまを目の前にした兵馬は思わずたじろいだ。
   美鶴もおせいも何事か、と目を白黒させている。

   和佐はさらに深く頭を下げた。畳に額がくっついてしまうのではなかろうか。

「後生にてござりまする、兄上。どうか、わたくしの願いをお聞き入れくだされ」

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