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壱の巻「心意気」
其の弍 〜参〜
しおりを挟む振袖新造の道を絶たれた「ただの女郎」は、初めから「部屋持ち」になれない。
つまり、二階にある個室が与えられないため、一階の「廻し部屋」という大部屋で客を取ることになる。
同じ部屋の中に仕切られた屏風の向こう側では、別の女郎が別の客を相手にしている。店先に設けられた格子のある張見世に座って、通りに向かって客引きをせねば客はつかない。
さらに、巷で語られる客が「初会」「裏」「三会」と三度通って「馴染み」にならないと「床入れ」できないと云うのは、二階の「遊女」たちの話である。
どんなに同じ見世で働いていようが「遊女」と「女郎」は違う。一階の廻し部屋の安い「女郎」たちはたとえ初会であろうと、容易く身体をひらく。そして、客は決まった刻が過ぎれば帰らされるため、女郎はまた張見世に出ねばならぬ。
ゆえに、一晩で何人もの客を相手にした。
それは、いくら久喜萬字屋のごとき大見世であろうと同じだ。安価な客は数で稼がねば、いくら大見世でもやっていけない。
否、大見世であればあるほど女郎は「捨て駒」なのだ。それが厭なのであらば、二階へ上がって部屋を持つ「遊女」にのし上がるしかない。
おすてとて、一刻も早く親が受け取った金子に高利を乗せて、文字どおり我が身一つで返していかねばならぬ。下働きでいるうちにも、負い目はどんどん嵩んでいるのだ。
初潮が来れば——いよいよ、十年に及ぶ「年季奉公」が始まる。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
与太がおすてと出会った切欠は「御用向き」であった。
南町奉行所のある役人の子息から、ある日忽然と消えたとか云う振袖新造の「人探し」を頼まれたのだ。
されども、魑魅魍魎が現の世で縦横無尽に跋扈する吉原のことだ。とある大名の名までたどり着いた処で、いきなり「待った」が掛かってしまった。
結局のところ……それきり有耶無耶となった。
未だその振袖新造は行方知れずのままだ。そして、その「消えた振袖新造」がいたのが、おすてが下働きをしている久喜萬字屋だった。
初めは、いつもおなご相手にやっているように、おのれの「見てくれ」を利用して取り入り、知っていることを吐かせて「上」に伝えたあとは、とっととズラかるつもりだった。
どうせ、相手は「吉原の妓」なのだ。向こうだって「商い」のために、色目を使い手練手管を駆使して与太のことを惑わしてくるに決まっている。
——この野暮ったい田舎くさいおなごだったらよ、ちょいと甘ぇ顔をすりゃあ、すぐに口を割るだろよ。
さように思うた与太は、今から二月ほど前のある日、久喜萬字屋の裏手でそのおなごに声をかけた。
『おめぇさん、名はなんて云うんでぃ』
すると、おなごはどこか寂しそうな昏い顔になり、目を伏せた。
『おらぁ……おすてって云うでがんす。……「捨てる」の「おすて」だんべぇ』
その様子は、今まで名乗るたびに厭な思いをしてきたのだな、と窺えた。
されども——実は与太も同じだった。
『そうかい。おいらは、与太っつうんだ。……「与太者」の「与太」だぜ』
与太がさように名乗り返すと、おすてがパッと顔を上げた。団栗のような大きな眼が真ん丸になっている。
与太も名前では、口さがない者たちから嫉みも相俟って、今までさんざん揶揄われてきたのだった。
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