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十段目

悋気の場〈参〉

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   翌日の晩、志鶴は夫の多聞と舅の源兵衛に対し、三つ指をついて平伏していた。

「得手勝手な嫁で、申し訳ありませぬ。……実家さとに、帰らせていただきとう存じまする」


「な…な、なんだってぇっ」

   舅の源兵衛が、まさに鳩に豆鉄砲を喰らった顔をしていた。

一体いってぇ全体ぜんてぇ、どしたってんだ。藪から棒によ。……富士の奴ぁ、まだ部屋に押し込めてるぜ。まさか、あいつ、まだおめぇにいやがらせしてやがんのか」
   姑の富士の蟄居ちっきょ謹慎は、かれこれ二月ふたつきを超えた。

「ち…違いまするっ」
   志鶴はあわてて否定した。

「わたくしが実家さとに帰りますれば、姑上ははうえ様をお解き放しくださりませ。此度こたびのことはすべて、わたくしの我がままにてござりまする。……どうか、おゆるしくださりませ」
   畳に額がつくまで、頭を下げた。


「おっさんは、きっかり半年、このままだ」
   多聞が志鶴を見て、きっぱりと告げた。取りつく島もなかった。

   「半年」は、多聞が梅ノ香の件で蟄居を命じられたのと同じ期間だった。

「んなことより……志鶴の実家のおっ母さんの具合がよくねぇそうだ」
   多聞が源兵衛の方を向いて云った。

「だから、しばらくぇりてぇんだとよ」

   多聞にさようなことを云うた覚えはないが、志鶴はもうこの家に戻る気はなかった。

——多聞との離縁を覚悟の上での申し出であった。

「そうかい、びっくりさせんじゃねぇよ。そういうこったら、しばらく実家にぇって、親孝行しな。娘がそばにいたら、おっ母さんも心づえぇわな」
  懐手ふところでをした源兵衛が、うんうん、と肯いた。

「あ…あの……舅上ちちうえ様……わたくしは……」
   正そうとする志鶴を、多聞が遮った。

「志鶴、実家に帰ぇりてぇんなら、その前に一つ、聞いてもらいてぇことがある」
  多聞は志鶴をじっと見つめて告げた。

「おれは、明晩の宿直とのいまで非番だ。だから、明日一日、おれにつき合え。……あとは、おめぇの好きにすりゃぁいい」

——あぁ、このお方は、わたくしが告げた意味を、ちゃんとわかっておられる。

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