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十段目

梅ノ香の場〈弐〉

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   梅ノ香は、志鶴のまっすぐな視線に耐えられなかった。

   目の前にいるのは、ちまたで「北町小町」ともてはやされる美人だ。噂に違わず美しい。
   そして、我が身には一生身につかぬ、育ちの良さからの気品にあふれていた。

——多聞と並ぶと、さぞかしお似合いの夫婦めおとであろう。

   だから、思わず目を伏せてしまった。


   だが、梅ノ香のそのさまは、却ってなんとも云えぬ色気を漂わせた。
   さすが、男を惑わせる生業なりわいである。

「……奥方様は、松波さまよりわっちのこと、お聞きなんしかえ」

   志鶴はなにも答えなかった。下賤の者からの不躾な問いかけに応ずることはない。
   ただ、その顔をじっと見続けた。


「わっちは、松波さまに身請みうけなど望まずとも、明けの年、十年の年季奉公がようやっと終わりになりなんし。それに、わっちのような者が、奥方様に取って代わろうなんて、これっぽっちも思うとらでなんし」

   そして、意を決したかのように、梅ノ香は顔を上げた。

「せめて……松波さま……多聞さまの、おめかけにさえ、してくれなんしたら」

   すがるような目で、梅ノ香は志鶴を見ていた。

「多聞さまが立派な与力になりなんしたら、たとえお妾であろうと、いつかきっと、わっちを迎えに来てくれなんしと、ずっと待っておりなんした」

   そのなつめのような梅ノ香の両まなこに、みるみるうちに涙が込み上がってきていた。

「……わっちはこの十年、ただそれだけを思うて、この苦界くがいを耐えてきなんした」

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