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八段目

仮宅の場〈壱〉

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   火事と喧嘩は江戸の華、と云う。

   先達せんだって、吉原で火事が起こった。
くるわ大見世おおみせの一つ、久喜萬字屋くきまんじやがすっかり焼け落ちてしまって、建て直す羽目になったらしい。

   しばらく吉原で商いができぬため、御公儀(江戸幕府)が特別に吉原以外の土地で見世を出すことを御赦おゆるしになった。これを「仮宅かりたく」と云うのだが、滅多にない御取りはからいである。

   そもそも、御公儀が認める江戸の「遊里(遊郭)」は、吉原以外にはない。
   ゆえに、五街道からそれぞれ江戸に入る際の一番初めの宿場町である、品川宿(東海道)・内藤新宿(甲州道中)・板橋宿(中山道)・千住宿(日光道中・奥州道中)に公然と設けられている「岡場所」は、御公儀から認められた遊里ではない。

   だから、時折「傾動けいどう」という手入れが行われた。捕縛された女郎たちにはその後、御公儀が認める吉原へ送られ「やっこ女郎」と蔑まれながら給金なしで奉公せねばならぬ罰が下った。

   つまり、御公儀にとって遊里は、あくまで人里離れた場所であって、人々が行き交う町中にあっては都合が悪いものなのである。
   公認の吉原にしても、もともと日本橋界隈にあった「もと吉原」が賑やかな町になるにつれて移ることを余儀なくされ、今の浅草裏の「新吉原」が生まれたくらいだ。

   ——にもかかわらず、此度こたびの久喜萬字屋の仮宅は「深川」だという。

   深川木場で知られるこの地は、縦横に張り巡らされた掘割による水運に恵まれ、全国各地から材木だけでなく、米や塩なども集まってくるため、大名の蔵屋敷や商人の問屋が所狭しと軒を連ねていた。

   きっと、とんでもない額の冥加金(営業税)が、見世から御公儀に渡ったに違いない、と町家ではもっぱらの噂だ。

    だが、おいそれとは行けぬ「吉原の大見世」が、向こうからおいでなすったのだ。
    しかも、仮宅中はなにかと不便をかけて、平生へいぜいのような「もてなし」もできぬからと、揚代あげだい(料金)を安くしている。(実は、一刻も早く見世を再建する金を荒稼ぎしたいだけなのだが)

   にも角にも……

   ここのところ、廓通いを夢見る男たちの頬が緩んで、浮かれに浮かれていた。

   そうこうしているうちに、深川で仮宅が商いを始めた。
   すると、ちまたで「浮世絵与力」に関するある噂が、まことしやかにささやかれるようになった。

   志鶴も思いがけず、その噂を耳にすることになる。

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