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六段目
剣ヶ峰の場〈参〉
しおりを挟むところが——
「……構わねぇよ。初音ちゃん、存分に云っつくれ」
多聞が懐手にし、にやりと「浮世絵与力」の顔で告げた。
「た…多聞っ、そなたはまたっ、かような町家の物云いをっ」
富士が青筋を立てて、金切り声で喚いた。
「悪りぃな、おっ母さん。おれら『町方』は町家相手の商売だからよ。お武家のかたっ苦しい物云いじゃぁ、ヤツらは知ってることでも流しちゃくんねぇのよ」
多聞が町家で人気なのは姿かたちだけではなく、この伝法で粋な言葉遣いにもあった。家の中では母親がうるさいため、武家言葉を遣っていたが、気を抜くとつい出てしまって、その都度母親からえらい剣幕で叱られていた。
「わたくしのことを、さような下賤な名で呼ぶとは……っ」
富士は卒倒しそうな勢いで怒っていた。
志鶴も「夫」のあまりの変わりように、びっくりしていた。
だが——
格式張った武家言葉のときの多聞は、近寄りがたい癇症な気立てに見えたのに、蓮っ葉な町言葉の多聞からは、不思議と血の通った温かみが感じられた。
「おめぇのお父っつぁんや兄貴だって、御役目んときにゃぁ、きっと町家言葉だぜ」
多聞は志鶴に、にやりと笑いかけた。
そして、初音を見て促す。
「さぁ、初音ちゃん、先刻の話を続けてくんな」
多聞の気さくな言葉遣いのおかげで、初音は気負わず洗いざらい話す気になれた。
——このお方なら、しかと話を聞いてくれるに相違ない。
さように思わせるものがあった。
「『浮世絵与力』と夫婦になった『北町小町』は姑からいびり倒されている。夫の世話をさせてもらえないどころか、同じ家におるにもかかわらず、顔を見ることすらままならぬ。家中の者からは『北町小町』はおらぬ者として扱われ、だれも口をきく者もなく、陽当たりの悪い部屋に日がな一日押し込められている。食事は奉公人と同じ白米とおみおつけしか与えられぬゆえ、お菜を棒手振りから買おうにも『武家の恥』とて許されず、心労も重なりどんどん痩せ細っていきながらも辛抱しておる……という噂話にてござりまする」
初音は込み上げてくる涙を堪えながらも、一気に話した。
「戯作者がかような噂を元に黄表紙を書いておって、近々売り出されるとのことでござりまする」
さような本が世に出回ったら——それこそ「松波家の恥」である。
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