3 / 81
大序
南町奉行所の場
しおりを挟む南町奉行所で年番方与力を務める松波 源兵衛は、南町奉行からの呼び出しを受けて、改まった面持ちで待っていた。
『御奉行の手が空くまで、執務をされておる座敷の外で待つように』と、奉行を側仕えする公用人である内与力から申し渡されている。
その内与力は、娘の寿々乃の夫である水島 織部であった。
「織部、此度の呼び立ては、やはり先般の同心たちの小競り合いの件か」
源兵衛は娘婿に尋ねた。
「舅上、我が口からはなんとも」
口が固いのが信条の「内与力」は、苦笑いした。
「ただ……」
織部の目がほんの刹那、悪戯っぽい光を放ったように見えた。
「寿々乃を先に娶っておいて、ようござったと安堵いたしておりまする」
二人の間には既に、男女一人ずつの子どもがいた。
「松波様、お待たせ仕った。……お入りくだされ」
そうこうしているうちに、隔てられていた襖が開き、源兵衛が中に呼ばれた。
「富多 能登守様、年番方与力 松波 源兵衛にてござりまする」
座敷に入った源兵衛は平伏した。
「おお、松波。此度は忙しいところ呼び立てして、かたじけのうござった。……面を上げよ」
南町奉行の富多 能登守は鷹揚に云った。
「そちを呼んだのは外でもない。先般の、我が南町奉行所と北町奉行所の同心たちの諍いについてじゃ。厄介なことに……御老中のお耳にも入ってしもうてな」
富多 能登守の顔が曇った。
「北町の御奉行と共に、御老中に呼び出されてな。このままでは、御用にも差し障りが出るやもしれぬゆえ、今のうちになんとかせよ、というお達しじゃ」
——やはり、そうであったか。
「年番方を仕る、松波の不徳の致すところにてござりまする」
再び、源兵衛は平伏した。
「そう思うのであらばな、松波。
そちの力を、是っ非とも借りとうござることがあるのじゃが」
御奉行の方からとはめずらしい。大概「松波、良きに計らえ」と丸投げ——ではなく「お任せ」になるのに。
「この松波 源兵衛でお役に立てるのであらば、なんなりとお申しつけくだされ」
源兵衛は面を上げた。
「よう云うた、松波。実は、北町の御奉行とも話し合うたんじゃが」
互いの与力・同心同士の、ろくに口もきかぬほどの犬猿の仲は目に余るほどだというのに、それらを統べる奉行同士の仲は、意外なことにさほどでもないのだな、と源兵衛は思った。
「だれかが先陣を切って『親戚付き合い』をする間柄になれば手っ取り早いと思うてな。それも、みなの『手本』となる御役目の者にな」
富多 能登守は、ぐっ、と身を乗り出した。
「どうだ、松波。……そちの倅を、北町の年番方与力の娘と縁組させてみぬか」
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
真田幸村の女たち
沙羅双樹
歴史・時代
六文銭、十勇士、日本一のつわもの……そうした言葉で有名な真田幸村ですが、幸村には正室の竹林院を始め、側室や娘など、何人もの女性がいて、いつも幸村を陰ながら支えていました。この話では、そうした女性たちにスポットを当てて、語っていきたいと思います。
なお、このお話はカクヨムで連載している「大坂燃ゆ~幸村を支えし女たち~」を大幅に加筆訂正して、読みやすくしたものです。
戦国を駆ける軍師・山本勘助の嫡男、山本雪之丞
沙羅双樹
歴史・時代
川中島の合戦で亡くなった軍師、山本勘助に嫡男がいた。その男は、山本雪之丞と言い、頭が良く、姿かたちも美しい若者であった。その日、信玄の館を訪れた雪之丞は、上洛の手段を考えている信玄に、「第二啄木鳥の戦法」を提案したのだった……。
この小説はカクヨムに連載中の「武田信玄上洛記」を大幅に加筆訂正したものです。より読みやすく面白く書き直しました。
烏孫の王妃
東郷しのぶ
歴史・時代
紀元前2世紀の中国。漢帝国の若き公主(皇女)は皇帝から、はるか西方――烏孫(うそん)の王のもとへ嫁ぐように命じられる。烏孫は騎馬を巧みに操る、草原の民。言葉も通じない異境の地で生きることとなった、公主の運命は――?
※「小説家になろう」様など、他サイトにも投稿しています。
覇者開闢に抗いし謀聖~宇喜多直家~
海土竜
歴史・時代
毛利元就・尼子経久と並び、三大謀聖に数えられた、その男の名は宇喜多直家。
強大な敵のひしめく中、生き残るために陰謀を巡らせ、守るために人を欺き、目的のためには手段を択ばず、力だけが覇を唱える戦国の世を、知略で生き抜いた彼の夢見た天下はどこにあったのか。
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?
武田信玄の奇策・東北蝦夷地侵攻作戦ついに発動す!
沙羅双樹
歴史・時代
歴史的には、武田信玄は上洛途中で亡くなったとされていますが、もしも、信玄が健康そのもので、そして、上洛の前に、まずは東北と蝦夷地攻略を考えたら日本の歴史はどうなっていたでしょうか。この小説は、そんな「夢の信玄東北蝦夷地侵攻大作戦」です。
カクヨムで連載中の小説を加筆訂正してお届けします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる