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大序
北町奉行所の場〈壱〉
しおりを挟む北町奉行所で年番方与力を務める佐久間 彦左衛門は、北町奉行からの呼び出しを受けて、改まった面持ちで待っていた。
『御奉行の手が空くまで、執務をされておる座敷の外で待つように』と、奉行を側仕えする公用人である内与力から申し渡されている。
江戸の治安を守る、と云えば聞こえはよいが、町奉行所の仕事は「なんでも屋」だ。町の掟をつくり、その掟を破る不届き者は捕らえて、御白州で裁かねばならぬ。
また、火事に備えて、日頃は鳶の仕事をしている喧嘩っ早い火消しの者たちを、なだめすかして束ねればならぬ。
さらに、世間で景気が悪うなると鬱憤晴らしにすぐ米屋や両替商を襲って、米や金だけでなく建物までぶっ壊して、根太の一本も残さずかっぱらって行く「打ちこわし」を始めやがる、町の奴らの金回りにまで気を配らねばならぬ。
それらを限られた武家の人手で、担っているのである。
とりわけ「与力」という御役目は……
御仕えする「御奉行」には、『さようでござる。おっしゃるとおりでござりまするとも』と調子を合わせ……
御仕えされているはずの「同心」たちからは、『此度のことは捨て置きできませぬ。御用は現場にて起こっておりまするっ』と突き上げられてしまう……
——板挟みの役回りである。
彦左衛門はその与力の中でも「年番方」という御役目を与えられていた。
巷で厄介ごとが起こった際に、現場に駆けつけ御役目を果たすのが「同心」で、奉行所内で一番数が多い。
その同心たちを組に分けて束ねるのが、数ある与力の御役目の中でも「同心支配役」と呼ばれる「筆頭与力」である。同心には許されていない、江戸市中での騎馬が許されている。
さらに、その「筆頭与力」から選ばれたのが「年番方与力」である。ゆえに、奉行所全体に目を配って取り計らう総元締めのようなものだ。
「御奉行」といえども、実務に長けたお人ばかりではない。そういうときは、年番方が陰で采配を振るわなくてはならなくなる。
実際、その奉行所が滞りなく御役目を果たせるか否かは、年番方の力量によるものが大きいと云われている。だから、年番方に任じられるのは、古参で人望のある者と相場が決まっていた。
また、江戸に置かれた町奉行所には「北町奉行所」と「南町奉行所」が設けられていて、「月番」といって月替りで交互に御役目にあたることになっている。
これは、奉行所が一つきりだと、どうしても偏りが生じたり、手心を加えてもらいたい輩からの付け届けが横行したりするなどして、御役目が歪められてしまう恐れがあるためである。
ところが、二つになったことで差し障りが出た。本来は、互いに手を携えてことにあたらねばならぬというのに、いつの間にかどちらが手柄を収めるかで、競い合うようになってしまったのだ。
つい先達ても、北町と南町の若い同心見習いたちが小競り合いを起こしたばかりだ。
——本日呼ばれたのは、そのことかもしれぬ。
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