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Chapter 9

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 通話を終えた紗香が、おれにスマホを差し出す。それを受け取りながら、
「紗香……もう抱きしめてもいいか?」
と訊けば、向こうからおれの方に、ふわりともたれかかってきた。

「……真也さんが、浮気してなくて、よかった……」
 おれは、この手の中に還ってきた妻を、ぎゅーっと抱きしめた。

「……ねぇ、あなた、今日は何の日か覚えてる?」
 上目遣いで、紗香が訊いてきた。
「もちろん、覚えてるさ。結婚記念日だろ?それも、二十五回目の……『銀婚式』だ」

 すると「覚えてたんだ」と、大きな瞳がますます大きくなった。
  ——まぁ、気がついたのは今週だけどな。
 そんな紗香が知らなくていいことは、迷わずラララ星の彼方に旅立つがいい。

「だから、ホテルのディナーを予約してある。……そのあとは、スイートも取ってあるからな」
 紗香の耳元でささやく。びくびくっ、となった。おれのよく響く低い声に、紗香は弱い。

「……うん、ありがと。うれしいな」
 そうつぶやいた紗香のくちびるに、ちゅっ、とキスをする。

「昨夜、帰ってこないから、どうなることかと思ったんだぜ?」
 もう一度、今度は深く口づけようと顔を寄せると……

「ストップ!」と制された。
 おれが怪訝な顔になると「伸びかけのヒゲが痛い」と顔をしかめられた。
 おれは顎を撫でた。確かにざらり、とする。

「わかった。速攻で、シャワーを浴びてくる。……おまえも、一緒に入るか?」
 紗香の頬をするり、と撫でる。

「む…無理無理無理無理…っ!
 だって真也さん、ヘンな格好させるんだもんっ」

「あ、後ろを向けっていうヤツか?そんなのベッドではいつも普通にヤってるじゃねえか。壁に手をつけろ、って言ったのは、身長差もあるし床が濡れてて滑ったら危ないから安定させるためだ。でないと、おれだってヤりづらいし、思うぞんぶん動けないからな。だが、おまえがだんだん、ずりずりと下がってきて、尻を突き出す形になるのは、おれは知らねえぞ。鏡に映ったお互いの姿が見えて、おまえもすんげぇ昂奮こうふんしてたじゃねえかよ」
 マジであのときの紗香は、超絶にエロかった。

 すると、紗香の顔が一瞬にして、真っ赤っかに染まった。
「ち…ちょっとっ!あ…朝から、なに言ってんのよっ!?」
 バシッと思いっきり胸を叩かれて、おれは「てっ」と思わずごちた。
  ——今さら、なにを照れてやがる。たかが立ち後背位バックくらいで。

 どうやら、今まで甘やかし過ぎたようだな。これから、四十八手をコンプリートしようとしているのに。

 江戸時代に確立された、日本が誇る伝統的な体位スタイルの数々だぞ。おまえは先人の叡智の結集を冒涜する気か?


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 それでなくても烏の行水なのに、おれはバスルームでヒゲをあたって速攻で全身を洗い終えると、すぐさま出てきた。ヨレヨレだったTシャツもスウェットも、脱衣所のゴミ箱へダンクしてやった。

 がしがしっとタオルで髪を拭い、バスタオルをぐるっと巻いて、急いで寝室へ戻る。
「……待たせたな、紗香っ!」

 紗香は、クィーンサイズのベッドに横たわっていた。おれは飛び乗るような勢いで、彼女に跨った。

 だが……返事がない。












 それもそのはず……

 ……紗香は大の字になって爆睡していたのだ。

 こうなると、絶対に、起きない。

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