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Chapter 9

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「この期に及んでバックレるなんて、サイテーっ!」
 紗香がまた昂奮こうふんして泣きながら喚いた。

   ……かと思ったら、いきなりトーンダウンして、
「伊東くんから、『以前と比べて、ここ最近で専務の変わったところってありませんか?』って訊かれたから、あたしもテンパってて、『そういえば、エッチが変わったかも』なんて言ったら、伊東くんもお父さんも、娘さんのダンナさんまでもが顔を見合わせて、『そりゃ、奥さん、悪いけど決定的だな』って言って教えてくれたの……」
 そう言うと、今度はすすり泣き出した。無理もないが、かなり情緒が不安定になっている。

 おれはというと、怒りのあまり、声すら出なかった。

 ——おいっ、紗香っ!テンパってたとはいえ、おれの部下の一家になんでおれたちの夫婦生活セックスを暴露してんだよっ‼︎

 ——おいっ、伊東一家の男どもっ!よくもまぁ、根拠もねえウソ八百を紗香に吹き込みやがってっ!

「変わった」のは、おれが紗香に遠慮会釈なくヤれるようになったからだよっ‼︎

 そもそも……セックスの「相性」がいいとか悪いとかって、なんだってんだ。
 それより、どんだけ「相手」を見て「相手」の望むことがヤれるか、そして「相手」にどんだけ「自分」を見てもらって「自分」が望むことをヤってもらえるか、だろ?
 そのために、どんだけ互いに心を許し合えるか、ってこったろうが。それがガイジンが言うところの、「sex」ではない「make love」ってヤツじゃねえのか?

 ココロが伴わねえのに、カラダだけのつながりで満足してスキルアップした気になるなんて、バカの骨頂だってんだ。そんなの、さもしいサルのまぐわいじゃねえかよ。

 だいたい、おれのこの歳で、バ◯◯◯ラもなしにあれだけ何回もヤれるのは、「相手」が身も心も惚れ抜いた紗香だからに決まってんだろうがっ。

 ——おれはそういう「相手」に……この世の中でたった一人に……出逢ったんだよ。


「……あたし、ショックで思わず泣き出しちゃったのよ。そしたら、凌牙さんも娘さんも、一緒に泣いてくれたの。それから『専務にお灸をすえるためにも、今夜は泊まっていけばいい』って言ってくれて」
 紗香がぐすっ、と鼻をすする。

「そしたら、もう凌牙さんたちの離婚話なんて、どうでもよくなっちゃって、家族で一致団結して、あたしを慰めてくれたのよ。大阪の人って、親身になってくれて、ほんとやさしくていい人たちね……」

 ——な、なんだ、そりゃあ⁉︎ あいつら、なーんにも知らねえくせに、思いっきり首を突っ込んできて、ただひっ掻き回しただけじゃねえかっ!

 東京の下町だって、そりゃ「人情」でお節介もすっけどよ。ちゃんと「き際」ってもんをわきまえてるぜ。

 もし、今、あの一家にとって不幸な事件が起きたならば……

 犯人は間違いなく——このおれだ。

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