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Chapter 9
③
しおりを挟むそもそもは、姉の清香に連れられて行ったのがきっかけだったそうだ。
紗香は、そこへ初めて足を踏み入れたとき……
——世の中には、こんなキラキラした世界があったんだぁ。
と、感動のあまり心の底からうち震えたらしい。
そして、たちまちのうちに、まるで少女小説や少女マンガから飛び出してきたような、茶髪や金髪のカッコいい「男」たちに魅了されてしまった。見事にハマッて、同じ月に何回も足繁くそこへ通ったという。
「……あたし、寂しかったんだな、って初めて気づいたの」
紗香はそう言って、目を伏せた。
「そこにいるときだけ、今の現実を忘れて、学生時代に戻ったかのように、満たされた幸せな気持ちになれたの」
今まで夫のいない東京で、一人で奮闘しながら、一人息子の大地を育ててきた。
だが、やがて大学生となり、そして今春からは社会人となった大地は、いつの間にか母親がいなくても適当にやれるようになっていた。
(まぁ、まだ家政婦のように、母親を都合よく使おうとは思ってるみたいだが。今日からの「合宿」では、担当者に何回も思いっきりシゴくよう発破かけてあるからな。……思い知れよ、大地)
「……ほんとに、すっごく綺麗で豪華絢爛で、夢のような空間だったの……」
紗香の疲れて少し赤くなった目が、うるうると熱っぽく潤みだした。
そして紗香は、女学生が好きな男子に告白するかのように、頬を真っ赤に上気させて……
憧れの主である……その名をつぶやいた。
「……タカラヅカ」
姉に連れられて行ったのは、宝塚歌劇団の東京公演だった。
(紗香は、その時観劇した東京宝塚劇場の月組公演「エリザベート~愛と死の輪舞~」で主役のトートを演じた男役トップスター瀬奈じ◯んもさることながら、フランツ・ヨーゼフを演じた霧矢◯夢がいかにすばらしかったかを、それからたっぷり十五分もの時間を費やして語った)
すっかり宝塚歌劇団にハマってしまった紗香は、そのあとネットでいろいろ情報を「収集」しだした。誘った方の姉は、まさか妹がそこまでになるとは思わなくてびっくりしているのだとか。
——今度、清香ちゃんに会ったら、「紗香に『良い趣味』を紹介してくれてありがとう」って、イヤミの一つでも言ってやんないとな。
だが、たぶん、あいつのことだから、「あらー、いいのよ。真也さん、お礼なんてぇ。おほほほ…」と邪気なく笑いながら言いそうだ。
姉妹揃って、ど天然だからな。
ともかく、そういう「情報収集」の結果、紗香はタカラヅカ好きのマダムたちが集うサイトにたどり着いた。
さらに、ネット上で交流を深めていく中で、偶然知り合ったのが伊東の母親だった。
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