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Chapter 5
②
しおりを挟むおれはなにもする気が起こらなくて、すでに外が暗くなっていたのに電灯も点けず、リビングのカウチソファにどさっと座り、頭を抱え込んでいた。
そのとき、 ♪ピンポーンと、インターフォンが鳴った。弾かれたように、ハッ、と顔を上げる。
「……紗香?」
立ち上がって、モニターまで大股で歩く。
「……上條さんですか?宅配便です」
マンションのエントランスからだった。
「あ…はい、どうぞ」
おれはモニターの「解錠」を押して、エントランスの自動ドアを開けた。
しばらくすると、宅配業者が部屋の前に着いたので、ドアを開ける。
「……失礼しまーす」
玄関先に入ってきた宅配業者が、
「お荷物、どちらまで運びましょうか?」
当然のように尋ねるので、おれが怪訝な顔になる。
「ダンボールで十箱ありますので」
——十箱⁉︎
おれがぎょっとした顔になったため、
「上條……紗香さんのお宅で間違いありませんよね?」
宅配業者が伝票を確認する。
「あ…あぁ、間違いないよ。……こっちの部屋に運んでくれ」
——紗香が頼んだものか。
おれはウォーキングクローゼット代わりに使っている、玄関から一番近い部屋へ促した。
クローゼットの隣に白木のワードローブ、その隣に同じシリーズのチェスト、その向かいにはオー◯リーやタイ◯リストそしてコンペの商品でもらったマス◯ーバニーなどのゴルフバックがいくつか並んでいる。
さらにその隣にある、おれが出張の際に使うゼ◯ハリバートンのシルバーのキャリーケースに、かつての紗香の誕生日にプレゼントしたダ◯エ ペガス45のキャリーケースが、寄り添うように置かれてあった。
そんな部屋のほぼ中央に、ダンボールが十箱、鎮座することとなった。
——いったい、なにが入ってるんだ?
しばし、呆然と佇む。
そのとき、玄関でガチャガチャと音がした。
ドアが開いて、ぱたぱたと足音がして、この部屋をひょいと覗く気配がしたので、振り向く。
——紗香だった。
「あっ、今日着くんだったわ、それ」
彼女はこともなげにそう言って、
「遅くなってごめんなさい。すぐにご飯にするわね。◯神百貨店のデパ地下で、いか焼きの『デラバン』っていうの買ってきたわよ。美味しいんだって」
リビングの端にあるキッチンへと向かった。鼻歌まじりで、ご機嫌そうに……
——おいっ、紗香っ!この状況を説明しろよっ‼︎
っていうか……
——おいっ、おれっ!自分のカミさんに、ちゃんと訊けよっ‼︎
両親が他界しほかの兄弟も独立して離れたので、とうに実家はないが、おれの生家は祖父がかつて石◯島造船所で技師をしていた関係で、東京の佃島にあった。今は石◯島播磨重工の工場跡地にタワーマンションが立ち並ぶ月島の近くだ。
佃島に移る前のご先祖は江戸の昔から日本橋に住んでいて、一応、三代以上「朱引」の中の江戸府内で生まれ育ったチャキチャキの「江戸っ子」だから、おれも「滅法、気が短けぇ」はずだ。
(「両親ともに三代、朱引ん中で生まれねぇと江戸っ子たぁ言えねぇな」って言うヤツもいるが、おれから言わせりゃぁ、そんなヤツぁ「半可通」だ)
——にもかかわらず……
どうにも目の前のダンボールが、気になって気になって、目が離せねえ。だったら、うじうじせずに、とっととケリをつけっちまえばいい。
——なのに……紗香に訊けない。
そんなおれは、豊川の彼氏の「泉州男」より、ずっとヘタレかもしれない……
実は……
「佃煮」の語源となったと謂れのある、おれの生まれ育った佃島は、江戸時代に摂津国佃村から移り住んだ漁師たちによってつくられた町だという。
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