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Chapter 4
②
しおりを挟む金曜の夜は接待の会席が多いのだが、明日は早朝から得意先主催のゴルフコンペがあるので、勘弁してもらった。さすがに定時上がりとはいかないが、比較的早く家路につく。
マンションの部屋の前でインターフォンを鳴らすが、応答がない。
——まさか、もう東京へ帰ったとか?
ポケットから鍵を出して、解錠する。玄関に入ると、昨日はそこに立っていた妻の姿が今日はない。細長い廊下を抜けて、リビングへ向かう。
すると、中から声が聞こえてきた。
「……うん、そうなの……昨日はダメだったの」
リビングの入り口に背を向けて、ケータイでだれかと通話しているようだ。機械オンチの妻は未だにガラケーだ。
「でもね……今日は、がんばって話をしてみるつもり……うん、そう……」
話に夢中で、おれがリビングに入ってきたのに気づかないらしい。昔から、一つのことに囚われたら、ほかのことはおざなりになるタイプだ。
——だからといって、インターフォンの音にも気づかないのかよ?
ずいぶん親しげな口調だから、息子とでも話しているのだろう。ヤツは四月から三ヶ月間、新人研修でみっちりとしごかれているはずだ。母親に家を空けられたら、たちまちメシや洗濯などに困っているのだろう。早く帰れ、という催促の電話かもしれない。
——おまえのじゃなく、おれのカミさんだぞ。
今年の総務本部の新人研修担当者はだれだったかな?
——手加減なしで思いっきりシゴいてもらうように、言っておかなければ。
「だ…だからね……離婚のことは……」
——リコン?
「リコン」って、あの「離婚」のことだよな?
「もう少し……信じて待ってほしいの……お願い……リョーガさん……」
——リョーガさん?「リョーガ」って、だれだ?おれたちの息子の名前は「ダイチ」だぞ。
そのとき、ようやくおれが帰ってきたのに気がついて、妻がハッとした表情で振り返った。
「あ…ごめんね、またかけるから」
そう言って、耳からスマホを離し、中指で軽くタップして通話を切った。
——あれ?スマホ?いつの間に、ガラケーを卒業したんだ⁉︎
「お…おかえりなさい。今日は、早かったのね」
妻はカウチソファの前のローテーブルにスマホを置いて言った。
「ごはん、まだでしょ?支度するから、先にお風呂に入ってきて。金曜はてっきり接待で遅くなると思ったから、わたしもう先に入っちゃったの」
彼女は昨日とは違う、セパレートになったルームウェアを着ていた。
「あ…あぁ」
ため息を一つ吐いて、おれはモスグリーンのダレスバッグをダイニングチェアに置いた。このココマイスターのブライドル スマートダレスは、妻が選んでくれたものだ。
ネクタイをぐいっと緩める。急に首に圧迫感を感じて、苦しくなったのだ。
少し、険しい顔になってるだろう。
いや……少しじゃない。
——かなり、だ。
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