上 下
9 / 51
Chapter 3

しおりを挟む
 
 妻がこのクィーンサイズのベッドで眠るのは、ここ大阪に赴任するにあたってこの2LDKのマンションを借り、一緒に家具や身の回りのものなどを用意していたとき以来だ。
 サイドテーブルにはいつの間にか、白い陶器のアロマランプがあって、そこはかとなくオリエンタルでスパイシーな香りが漂ってくる。

「……おい」
 隣に身を沈める彼女を、おれはぐいっ、と引き寄せた。
「いい香りだな……」

 おれの腕の中にすっぽり入った小柄な彼女が、おれを見上げて、ふふっ、と微笑んだ。
「お昼間に、梅田の華丸百貨店へ行って買ってきたの」

 そう言う彼女の前髪をかき上げ、広い額に軽くキスをした。そして、そのまま、鼻筋をなぞるようにしてキスを進ませ、ぷるっとしたくちびるに辿り着く。
 そのまま、ついばむようなキスをしていたら……

「……明日……仕事でしょ?……いいの?」
 すでに甘い息遣いになっている彼女がささやく。 確かに明日は金曜日で、仕事がある。

 だが、この前抱いたのは……いつだっけ?
 ……あぁ、そうだ。

 三月・四月の年度末・年度始めは忙しくて——三月末の彼女の誕生日も帰れなかった——先月のゴールデンウィークもこっちで接待ゴルフ三昧で、東京の家には一泊しかできなかった。
 もしかして、二月に東京へ帰った時以来じゃないか?

 ——だったら、なおさら……

 アロマランプのオレンジ色の柔らかな光の中で、うるうると潤んだ瞳で、 わずかに開いたくちびるで……
 おれを見上げる、こんなに色っぽくて、つややかな、おまえを目の前にして……

 ——おれの方が、止められるわけないだろ?


 焦らすように、舌でくちびるをなぞったあと、口の中へ差し入れて、深くふかく交わらせる。そのくちびるから離したら、彼女が名残惜しげな甘い息を吐いた。それから、耳をむようにして甘噛みし、首筋の方へ落としていく。

 彼女のパイル織のルームウェアはワンピースだ。足元からまくり上げるのに苦労する。
「……もっと、脱がせやすいのにしてくれよ」
 そう吐息でささやいたら、にこっと子どものような愛らしい笑顔が返ってきた。

 ——先刻さっきまでの表情とのギャップがすごい。

 だから、ちょっとふざけて「はい、バンザイ」と促すと、くすくす笑いながら両手を上げて「協力」してくれた。ちっちゃい女の子のようだ。

 ところが……

 抜き取るようにして脱がせたルームウェアをベッドの外に放つと、もうそこには「女の子」はいない。成熟した色っぽい表情のオンナに戻っていた。

 出逢ってから三十年近く経つけれど……

 ——全然、飽きないな、おれの奥さん。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

処理中です...