もう一度、愛してくれないか

佐倉 蘭

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Chapter 1

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 その後、ヒル◯ンプラザを出ると、今は降っていないが梅雨時なので「タクシーで帰るだろ?」と当然のように訊いたら、二人とも「とんでもないっ!」という顔をする。
「終電前やのに、タクシーなんかで帰られへんっすよ。定期あるから無料タダやのに」
「そうですよぅ、専務。そんなん、もったいないですやん」
 ——もちろん、おれが払ってやるって言ってんのにな。

 二人とも、大阪人の中ではコテコテしてなくて「シュッとした」雰囲気の北摂出身なのだが、だからこそ自分がムダだと判断した金は、たとえ他人ひとの金でも使いたくないらしい。

 また、大阪で仕事をしていると、部下を乗せて車を運転しているときに——ちなみに、ハンドルはいつでも自分が握りたいと思う派だ——東京で首都高に乗る感覚で阪神高速に乗ろうとすると、
『今の時間やったら、下の道空いてるっすよ。阪神高速の環状線は距離短いのに高いし、もったいないですやんかー』
と言われて阻止されてしまう。

 慣れるまでは、合流地点で車線変更したいとき、たとえ高速であろうとも隙あらばガンガン車間を詰めてくる「大阪方式」の「な◯わナンバー」の車との「バトル」が待ち受けているから命がけだった。(東京から自分の車を持ってきた直後で、まだ「品◯ナンバー」だった頃のことは思い出したくない)
 ——だから、こまめに走ってその「スキル」を落としたくないのだがな。

 ちなみに「大阪方式」では、狭い道から広い道に出るときの「常識」として、必要以上に車のアタマをぐっと前へ押し出して「一秒でもよそっちの道へ入りたいんじゃ!わかっとんな⁉︎」と、目の前を流れる車に対して「威嚇」するのを忘れない。

 彼ら大阪人にとって、それらを妥協すると「負け」につながる。それはたいへん不名誉なことで、特に金銭面での「負け」はメンタル的に耐えがたいことらしい。

 なので、彼らの持つスペックが最大限に発揮されるのは値段交渉の際だ。
 彼らにとって、相手に「負けさせる値引きさせる」ことは、何事にも代えがたい至上の喜びだが、その逆は絶対にありえない。
 彼らは値段交渉というピッチにおいて、「損せず得だけする」というプライドの下、日々「絶対に負けられない値引きしたくない闘い」を繰り広げているのだ。


「「ごちそうさまでしたっ‼︎」」
 伊東と豊川が深くお辞儀する。

「専務、今度は福島の肉バルに行きましょう!」
 JR環状線の大阪駅や阪神の梅田駅のすぐ隣の駅で歩いても行ける距離なのに、美味うまくてかなりリーズナブルな店が軒を連ねているらしい。営業の連中はランチでよく利用しているそうだ。

「あーっ、伊東さん、そのときは絶対にわたしも連れて行ってくださいよ~」
 豊川が手を擦り合わせて拝む。
「まさか、大阪支店北浜の彼氏、連れてくるんやないやろな?」

「へぇ~、豊川君、北浜に彼氏いるんだ?」
 あさひ証券は社内恋愛にはノープロブレムだ。自慢じゃないが専務のおれだけじゃなく、社長も常務もみんな社内結婚だ。
「営業っすよ。おれと同期なんですわ」
 ぎろっ、と睨む豊川を、伊東がにやにや笑う。


゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 御堂筋線の梅田駅へ向かう伊東と阪急の梅田駅へ向かう豊川とは、タクシー乗り場のところで別れた。目の前のタクシーに乗り込み、運転手に「中崎町まで」と告げる。

 マンションに着いてIC◯CAで支払い、タクシーを降りてエントランスへ行き、部屋の鍵のボタンを押し、自動ドアを開ける。
 単身赴任の一人暮らしだから、せいぜいオートロックくらいで、最低限のセキュリティしか考慮していない。一階のメールボックスで郵便物を確認するが、今日はなにもないみたいだ。

 エレベーターで居住する階に上がり、だれも待っていない部屋を目指す。そして、いつものように部屋を解錠し、扉を開けた。

 すると、そこに——

 ——妻がいた。

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