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Chapter 1
①
しおりを挟む「……ということなんですけどぉ、上條専務ぅ」
グ◯ンフロントの近くのヒ◯トンプラザイーストにある中国料理店に、部下たちを連れてきていた。横浜の中華街に本店のある老舗の店だ。
——中華街の本店は競争が激しいからコスパがいいのに、ここ大阪ではえらい強気な価格設定だな。
豊川は、ずいぶん仕事で鬱憤が溜まっているみたいだった。
秘書の伊東と出先からオフィスに戻ったとき、定時でとっとと帰った三人の先輩たちの分まで、豊川は仕事をしていた。そのとき、生気の抜けた顔をしていたので、今日は木曜日で明日も仕事だが『奢ってやる。美味いもの食いに行こう』と伊東も誘って、ここに来たのである。
初めは『わたし、下のジュ◯ク堂までしか来たことないんですよ~!』と豊川のテンションはやたら高かったのだが。
いや、コース料理を食べ終えて『仕事でなにか困ったことはないか』と訊くまでは『美味しいですっ。中華ってこんなに繊細でお上品なお料理やったんですねぇ~』とご機嫌だったのだ。
伊東も豊川も、今春大学を卒業してあさひ証券に入社した一人息子の大地とそんなに年齢が変わらないから、おれにとっては子どものような世代だ。
「ま、ま、豊川ちゃん、もう一杯!」
豊川より一期上の先輩である伊東が、彼女の空いた白磁の湯呑みに、同じ白磁のポットからジャスミン茶を注ぐ。
豊川は酒を呑むと青白くなって吐くタイプだそうだから、一滴も呑ませてないのに、なぜか酔っ払ったみたいに、ぐでんぐでんになってテーブルに突っ伏している。
ちなみに伊東は、ビールと紹興酒をかばかば呑んでいたが、顔色ひとつ変わらない「証券マンの鑑」だった。大学時代から相当鍛えてるに違いない。
「伊東、だいたい、おまえが面倒くさい雑用を秘書室に持っていくから、豊川君の負担になるんじゃないか」
おれがそう言うと、伊東は肩を竦めた。
——何のために、おまえをおれの秘書にしたと思ってんだよっ。
関西の名門私大である「K・KG・D・R」のうち、伊東はD大を卒業していた。大学時代ラグビー部で、バックスのウイングだったそうだ。
ごっつくて暑苦しい動物園の熊やゴリラみたいな男たちフォワードが、前方で取っ組み合って押し合いへし合いして、やっとの思いで後ろへころころと掻き出したボールを、後方のウイングがひょいと拾って、まだ取っ組み合ってる熊やゴリラたちを尻目に、ゴールポストを目指して、ピューマやチーターのように軽やかに爽やかに駆け抜け、トライを決める。
はっきり言って、ウイングは一番カッコいい……「おいしい」ポジションである(と、おれは思う)。
取っ組み合う必要が圧倒的に少ないので、柔道選手みたいに耳がギョーザやシューマイみたいに潰れてないし、クラブ一の俊足であることが多いから体型も細マッチョである。
それに、伊東の場合は顔も良かった。つまり、イケメンだ。
——あの「個性的」なお嬢さんたちを、なんとか手懐けてくれるかな、と思ったんだがな。
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