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Epilogue
③
しおりを挟む「そうだなぁ……なににしようかな?」
ここは、ビール一つとっても種類が半端なく多いみたいだ。
ところで、あたしが「お酒が呑める」ということは——あたしは妊娠していない、ということである。
あの夜、あたしたちは夜が明けるまで、何度となく「ナマ」でヤッてしまったのだが。
にもかかわらず、来るべき日にちゃんと月経はやってきた。
その日のうちにしっかり着床させた目黒先輩って、ある意味「テクニシャン」じゃん。あたしは妙なところで感心させられた。
——果たして、一回だったかどうかは知らないけれど。
無事、月経が訪れたことを諒くんに告げると、ホッとしながらも、でもちょっと口惜しそうな、なんとも言えない顔になった。
『水野局長に顔向けできないことはしたくない、って気持ちと、ななみんとの子どもがほしかった、って気持ちとがせめぎ合ってる』
あぁ、この人は、あたしと本気で家庭をつくろうとしてくれてるんだ、としみじみ感じた。
『でも、結婚するって言っても、諒くんとはつき合ったばっかだからさ。やっぱり……ちゃんと「段階」を踏もうよ?』
あたしがにっこり笑いながらそう言うと、諒くんは『それもそうだな』と頭をぽんぽんしてくれた。
『おれも……七海をもっと愉しみたいしな』
今晩、また眠れなくなるかもしれないな、という妖しい笑顔を浮かべながら……
そして、それからはちゃんとゴムを着けてセックスするようになった。
ちなみに、もう逢えないでいるのは絶っ対にイヤなので、あたしが諒くんのワンルームにすっかり入り浸りの状態だ。
だから、最近のおとうさんの機嫌がすこぶる悪い。
——まぁ、無視してるけど。ふふっ。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
あたしは赤っぽいバ◯ペールエールをごくり、と呑んだ。
常温でも呑めるイギリス王室御用達のエールビールだ。フルーティーで濃厚な味わいが口の中に広がる。
下面発酵が主流の日本では、上面発酵のエールビールはめずらしく、大手メーカーではサ◯トリーのプレミアムモ◯ト・香るエールくらいかも。
「ななみんさん」
翔くんがいたずらっ子の顔で訊く。
「ビールをお呑みになったら、バ◯ーネ・リカーゾリも、ロングアイランド・アイスティもありますよ?」
あたしは彼を、ぎろり、と睨んだ。
——やっぱり、覚えてやがったな。
ということは——目黒先輩との話も、赤木さんとの話も、覚えてるってことだな。
つい先刻、諒くんのスマホに通話があって、バーの外に出て行った。
もしかしたら、今夜これから会うことになっている、諒くんの「遊ぶ相手」の一人からかもしれない。
「そんな怖い顔しなくても、大丈夫っすよ。諒志さんには、なにも言いませんから」
——やっぱり、覚えてやがるっ!
あたしはますます翔くんを睨んだ。
「その代わり……」
翔くんは不敵にニヤッと笑った。
「ななみんさんから、どんなに頼まれようとも『諒志さんのこと』だって、絶対にしゃべりませんからね」
「……へっ?」
あたしは間の抜けた顔になった。
するとそのとき、足早に諒くんが戻ってきた。
「……翔、ななみんに、余計なこと言ってないだろうな?」
血も凍りそうな氷点下の声だった。しかも、いきなり視線だけで人の息の根を止めるかのような凄まじさだ。
「なにも言ってませんよー」
翔くんは両手を挙げて、ホールドアップの形をとる。そして、諒くんの背後から店に入ってきた人へ、これ幸いと「いらっしゃいませ」と声をかける。
「あ、外で仕事のことで通話してたら、ちょうど来たんだ」
諒くんがその人の方へ振り返る。
……「遊ぶ相手」が、ついに現れたのだ。
だが、しかし——
「えっ……うそっ……」
あたしは、この人を知っている。
そして——その人も、あたしのことを知っていた。
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