81 / 102
Chap.6 元カレの赤木さん 2
⑮
しおりを挟む『……水野か?こんな時間に突然悪いな。富多だ』
——「富多」って……まさか……副社長ぉっ⁉︎
「……とっ、『富多』さんって……ふっ、副社長ですよね?」
しがないグループ秘書でしかないあたしのスマホに、副社長から直接通話が来たのは、もちろん初めてだ。
会社用のケータイは持たされていない。かかってきたのは、私用のスマホだ。
副社長に連絡先を教えた記憶も一切ない。
「富多」「副社長」という言葉に、赤木さんがびくっ、と反応して、あたしから遠のいた。
「こんな時間にどうなさったんですか?」
正確な時刻はわからないが、もう夜中と呼ばれる時間帯になっているはずだ。
『彩乃が今夜、突然いなくなったんだ。君、あいつの居場所を知らないか?心あたりがあれば、なんでもいいから教えてほしいんだが』
——ええっ⁉︎ 彩乃さんがいなくなった⁉︎
「今日は彩乃さん、副社長のお母さまと会食されたんじゃなかったんですか?」
「お姑さん」とサシでごはん食べるくらいなら、なんだかんだ言っても副社長とはうまくいってるんじゃないかと思ってたけれど……
『おふくろとメシを食って別れてから、行方をくらましてしまってね』
「えっ、彩乃さん、もう副社長のご実家で同居されてたんじゃ……」
あたしは絶句する。
『彩乃が行きそうなところは、ほぼ当たったんだが、どこにもいないんだ。時間も時間だし、居場所だけでも把握したい。……水野、会社内で君のほかに、彩乃と親しい者はいるか?』
あたしは眉間にシワを寄せて考える。
「そうですねぇ……あとは大橋さんですかね?」
『大橋?……彩乃はともかく、大橋の方は目の敵にしてなかったか?』
——いつの時代の話よ?
「大橋さんが『誠子』さんから『誓子』さんになって雰囲気がガラッと変わったので、あたしたち仲良くやってますよ。ランチも一緒に秘書室で食べてますし」
『あぁ、大橋は改名したんだったな』
正しくは「戸籍名に戻した」んですけどね。
『そういえば、おれが昼に秘書室へ行ったとき、君たちは楽しそうに弁当食ってたな』
副社長も思い出したようだ。
「今では彩乃さん、大橋さんとステーショナリーネットの葛城社長の仲を取り持つ、すっかりキューピッドですよ」
彩乃さんのおかげで、彼らはめでたく明日デートです。
『葛城社長は彩乃の幼なじみだからな。……大橋のほかにはいるか?』
「うーん……そもそも、秘書室のある重役フロアは『隔離』されてますからね。もちろん、社員の人たちとすれ違えば挨拶や世間話くらいはされてますけど。……あ、でも、彩乃さん、青山のことを」
『……青山?』
こころなしか、副社長の声が険しくなったような?
『あいつ——同じ部署内で二股かけるだけじゃ飽き足らず、まさか彩乃にまでチョッカイ出してんじゃないだろうな!?』
——ひいいぃっ⁉︎ ヤバいよ、青山っ!あんたっ、副社長にまで、その「行状」が知られてるよっ!
『せっかく史上最悪の空気の情報システム部から、新設したシステム統括本部に「救出」してやったっていうのに』
スマホの向こうから、副社長の舌打ちが聞こえてきた。
——そんな「生活態度」でも、副社長から見捨てられないことの方が驚きなんだけれども。そんなに替えがきかないほど、青山ってデキるヤツなんだ。
「いやいやいや、違うんです。その『二股話』を彩乃さんにしたところ、『クールで堅物そうな青山くんがそんな人だったなんて、夢にも思わなかったわ』って驚いてらしたので、青山とは『ない』です。まぎらわしいことを言ってすいません」
『いや、構わない。彩乃に関することなら、どんなことでも言ってくれ。助かるよ。……ところで、水野はどこに住んでるんだ?』
「赤坂見附ですけど」
住所はそうだけど、現在地は円山町だけどね。
——そんなことは口が裂けても言えない。
『大橋はどこだか知ってるか?』
「田園調布です」
彩乃さんの御宅は知る人ぞ知る代々木上原の御屋敷街である大山町だけど、誓子さんの御宅は全国のだれもが知る天下の田園調布だ。
すると、なぜか、しばらく沈黙となった。
「……副社長?」
どうしたのだろう?
『なぁ、水野、大田区と世田谷区は確か——隣接してたよな?』
——はい? なんで、世田谷?
田園調布は大田区で、赤坂見附は港区、大山町は(ちなみに円◯町も)渋谷区である。
腑に落ちないところはあるが、上司サマのご質問だ。あたしは福岡へ転校する前に学習していた、小学校の社会の副読本「わたしたちの東京都」にあった東京二十三区の地図を思い起こす。
「えぇ、確かに大田区と世田谷区は隣り合わせですね」
『そうか、ありがとう。あぁ、君の連絡先は島村から聞いたんだ。……こんな遅い時間にすまなかった』
そう言い残して、当然始まった副社長との通話は突然終わった。
0
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
カラダから、はじまる。
佐倉 蘭
現代文学
世の中には、どんなに願っても、どんなに努力しても、絶対に実らない恋がある……
そんなこと、能天気にしあわせに浸っている、あの二人には、一生、わからないだろう……
わたしがこの世で唯一愛した男は——妹の夫になる。
※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「常務の愛娘の『田中さん』を探せ!」「もう一度、愛してくれないか」「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレを含みます。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる