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Chap.6 元カレの赤木さん 2

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『……水野か?こんな時間に突然悪いな。富多だ』

——「富多」って……まさか……副社長ぉっ⁉︎


「……とっ、『富多』さんって……ふっ、副社長ですよね?」

   しがないグループ秘書でしかないあたしのスマホに、副社長から直接通話が来たのは、もちろん初めてだ。
   会社用のケータイは持たされていない。かかってきたのは、私用のスマホだ。
   副社長に連絡先を教えた記憶も一切ない。

「富多」「副社長」という言葉ワードに、赤木さんがびくっ、と反応して、あたしから遠のいた。

「こんな時間にどうなさったんですか?」

   正確な時刻はわからないが、もう夜中と呼ばれる時間帯になっているはずだ。

『彩乃が今夜、突然いなくなったんだ。君、あいつの居場所を知らないか?心あたりがあれば、なんでもいいから教えてほしいんだが』

——ええっ⁉︎ 彩乃さんがいなくなった⁉︎

「今日は彩乃さん、副社長のお母さまと会食されたんじゃなかったんですか?」

   「お姑さん」とサシでごはん食べるくらいなら、なんだかんだ言っても副社長とはうまくいってるんじゃないかと思ってたけれど……

『おふくろとメシを食って別れてから、行方をくらましてしまってね』

「えっ、彩乃さん、もう副社長のご実家で同居されてたんじゃ……」
   あたしは絶句する。

『彩乃が行きそうなところは、ほぼ当たったんだが、どこにもいないんだ。時間も時間だし、居場所だけでも把握したい。……水野、会社内で君のほかに、彩乃と親しい者はいるか?』

   あたしは眉間にシワを寄せて考える。

「そうですねぇ……あとは大橋さんですかね?」

『大橋?……彩乃はともかく、大橋の方は目の敵にしてなかったか?』

——いつの時代の話よ?

「大橋さんが『誠子』さんから『誓子ちかこ』さんになって雰囲気がガラッと変わったので、あたしたち仲良くやってますよ。ランチも一緒に秘書室で食べてますし」

『あぁ、大橋は改名したんだったな』

   正しくは「戸籍名に戻した」んですけどね。

『そういえば、おれが昼に秘書室へ行ったとき、君たちは楽しそうに弁当食ってたな』
   副社長も思い出したようだ。

「今では彩乃さん、大橋さんとステーショナリーネットの葛城社長の仲を取り持つ、すっかりキューピッドですよ」

   彩乃さんのおかげで、彼らはめでたく明日デートです。

『葛城社長は彩乃の幼なじみだからな。……大橋のほかにはいるか?』

「うーん……そもそも、秘書室のある重役フロアは『隔離』されてますからね。もちろん、社員の人たちとすれ違えば挨拶や世間話くらいはされてますけど。……あ、でも、彩乃さん、青山のことを」

『……青山?』

   こころなしか、副社長の声が険しくなったような?

『あいつ——同じ部署内で二股かけるだけじゃ飽き足らず、まさか彩乃にまでチョッカイ出してんじゃないだろうな!?』

——ひいいぃっ⁉︎ ヤバいよ、青山っ!あんたっ、副社長にまで、その「行状」が知られてるよっ!

『せっかく史上最悪の空気の情報システム部から、新設したシステム統括本部に「救出」してやったっていうのに』
   スマホの向こうから、副社長の舌打ちが聞こえてきた。

——そんな「生活態度」でも、副社長から見捨てられないことの方が驚きなんだけれども。そんなに替えがきかないほど、青山ってデキるヤツなんだ。

「いやいやいや、違うんです。その『二股話』を彩乃さんにしたところ、『クールで堅物そうな青山くんがそんな人だったなんて、夢にも思わなかったわ』って驚いてらしたので、青山とは『ない』です。まぎらわしいことを言ってすいません」

『いや、構わない。彩乃に関することなら、どんなことでも言ってくれ。助かるよ。……ところで、水野はどこに住んでるんだ?』

「赤坂見附ですけど」
   住所はそうだけど、現在地は円山町だけどね。

——そんなことは口が裂けても言えない。

『大橋はどこだか知ってるか?』

「田園調布です」

   彩乃さんの御宅は知る人ぞ知る代々木上原の御屋敷街である大山町だけど、誓子さんの御宅は全国のだれもが知る天下の田園調布だ。

   すると、なぜか、しばらく沈黙となった。

「……副社長?」
   どうしたのだろう?

『なぁ、水野、大田区と世田谷区は確か——隣接してたよな?』

——はい? なんで、世田谷?

   田園調布は大田区で、赤坂見附は港区、大山町は(ちなみに円◯町も)渋谷区である。

   腑に落ちないところはあるが、上司サマのご質問だ。あたしは福岡へ転校する前に学習していた、小学校の社会の副読本「わたしたちの東京都」にあった東京二十三区の地図を思い起こす。

「えぇ、確かに大田区と世田谷区は隣り合わせですね」

『そうか、ありがとう。あぁ、君の連絡先は島村から聞いたんだ。……こんな遅い時間にすまなかった』

   そう言い残して、当然始まった副社長との通話は突然終わった。

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