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Chap.6 元カレの赤木さん 2
⑪
しおりを挟む「……じゃあ、なんであのときに、そう言ってくれなかったの?」
——あのとき、赤木さんがそう言ってくれていたら、信じられていたのに……
あのあと、あたしは、すっかり騙されてしまった自分の愚かさを責めて、自分自身の存在すべてがイヤになるほど追い詰められた。
「悪かった……ほんとに悪かった、七海」
赤木さんはあたしに頭を下げた。
先刻のショットバーでも頭を下げていたが、あの頃のプライド高き赤木さんには考えられないことだった。
いくら、専務の「引き」があったからといって、東京から名古屋の関連会社への出向は「都落ち」の感が否めないのは事実だ。
この三年は、彼にとっても「試練」だったのだろう。
「あの月曜日……出社してびっくりしたよ」
桃子さんと『お見合い』した直後の月曜日のことだろう。
「おれがおまえを捨てて桃子と婚約した、っていうウワサが社内中に広まってた」
あたしの心がズタズタになったあの日だ。
「昼休憩のときに、桃子を呼び出して問いただしたら『もう広まったのか』ってうれしそうに笑うから『今すぐ否定してくれ』と怒鳴った。なのに、『やっぱり諦められないから、否定はしない。たとえ、七海が好きでも構わない』と言われた」
あたしは、お昼休憩のあと、秘書室で桃子さんと対峙したとき、彼のブル◯プールオムが香ってきたことを思い出していた。
——それで、二人で「打ち合わせ」してきたんだ、って思ったんだった。
「……ウワサなんて、知らん顔してバックレていればいいと思ってた。今まで『オンナを喰い散らかすことに関しては青山と双璧』とか、どんなに根拠のないひどいウワサでも、いつの間にか収束してたからな」
確かに、目立つ彼にはいつもいろんなウワサがつきまとっていた。
「でも、さすがにこれはマズいと思って、あわてて同期のヤツらに否定したときには、もう四面楚歌になってて、だれを信用していいのかもわからなくなってた」
赤木さんは苦渋の表情で唸った。
「あのとき、おれはまた間違えていたんだ。まず会うべきだったのは彼女ではなく、おまえだったのに。まずちゃんと話をしなければならなかったのは、同期ではなく、七海……おまえだったのに……」
赤木さんは拳を握りしめて、目をぎゅっと閉じた。
「いや……それこそ『言い訳』だ。やっぱり、桃子のあの言葉を信じてしまった、おれが悪い」
「桃子さんから……なにを言われたの?」
あたしは恐る恐る訊いた。
先刻のショットバーでも、赤木さんは言いかけていた。
でも、あたしには、身に疾しいことなんて……なにもないはずだけど?
「『あなたは七海のことを好きだと言うけれど、七海のこと……なにも知らないじゃない』って言われた」
「それって……うちの父が金融庁の官僚だっていうこと?」
ここに引っ張り込まれるときに、赤木さんがそう言ってたのを思い出す。
「あぁ、そうさ。それから、おまえの姉さんもそうらしいな?それと、おまえの母親は名門お嬢さま学校の教頭なんだってな?」
姉も母も確かにそうだけど、わが母校のことをそんなふうに言われると、ちょっと照れる。
ま、世間的にはそう言われてる女子校だけど……
「……だからっ、なんで『彼氏』のおれが知らないのに、桃子はもちろん、おまえの同期の青山たちがみんな知ってるんだ?って話をしてるんだよっ」
一人照れていたあたしを、赤木さんが横目で睨む。
——あぁ、そうだった。
あの頃のあたしは、目黒先輩のときに踏んづけてしまった轍を、自らもう一度踏んづけるわけにはいかないと思い、赤木さんには家族構成は告げても、その経歴には一切触れなかったんだった。
今となっては、あのときの目黒先輩がただ「チキン」だった、っていうことに尽きるんだけれども……
「だから……桃子から、なにも知らされていないのは『七海に心を開かれていないからなんじゃないか』と言われた」
とたんに赤木さんの顔が苦しげに歪んだ。
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