お見合いだけど、恋することからはじめよう

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
77 / 102
Chap.6 元カレの赤木さん 2

しおりを挟む

「……じゃあ、なんであのときに、そう言ってくれなかったの?」

——あのとき、赤木さんがそう言ってくれていたら、信じられていたのに……

   あのあと、あたしは、すっかり騙されてしまった自分の愚かさを責めて、自分自身の存在すべてがイヤになるほど追い詰められた。

「悪かった……ほんとに悪かった、七海」
   赤木さんはあたしに頭を下げた。

   先刻さっきのショットバーでも頭を下げていたが、あの頃のプライド高き赤木さんには考えられないことだった。

   いくら、専務の「引き」があったからといって、東京から名古屋の関連会社への出向は「都落ち」の感が否めないのは事実だ。

   この三年は、彼にとっても「試練」だったのだろう。


「あの月曜日……出社してびっくりしたよ」

   桃子さんと『お見合い』した直後の月曜日のことだろう。

「おれがおまえを捨てて桃子と婚約した、っていうウワサが社内中に広まってた」

   あたしの心がズタズタになったあの日だ。

「昼休憩のときに、桃子を呼び出して問いただしたら『もう広まったのか』ってうれしそうに笑うから『今すぐ否定してくれ』と怒鳴った。なのに、『やっぱり諦められないから、否定はしない。たとえ、七海が好きでも構わない』と言われた」

   あたしは、お昼休憩のあと、秘書室で桃子さんと対峙したとき、彼のブル◯プールオムが香ってきたことを思い出していた。

——それで、二人で「打ち合わせ」してきたんだ、って思ったんだった。

「……ウワサなんて、知らん顔してバックレていればいいと思ってた。今まで『オンナを喰い散らかすことに関しては青山と双璧』とか、どんなに根拠のないひどいウワサでも、いつの間にか収束してたからな」

   確かに、目立つ彼にはいつもいろんなウワサがつきまとっていた。

「でも、さすがにこれはマズいと思って、あわてて同期のヤツらに否定したときには、もう四面楚歌になってて、だれを信用していいのかもわからなくなってた」

   赤木さんは苦渋の表情で唸った。

「あのとき、おれはまた間違えていたんだ。まず会うべきだったのは彼女ではなく、おまえだったのに。まずちゃんと話をしなければならなかったのは、同期ではなく、七海……おまえだったのに……」

   赤木さんは拳を握りしめて、目をぎゅっと閉じた。


「いや……それこそ『言い訳』だ。やっぱり、桃子のあの言葉を信じてしまった、おれが悪い」

「桃子さんから……なにを言われたの?」
   あたしは恐る恐る訊いた。

   先刻さっきのショットバーでも、赤木さんは言いかけていた。
   でも、あたしには、身にやましいことなんて……なにもないはずだけど?

「『あなたは七海のことを好きだと言うけれど、七海のこと……なにも知らないじゃない』って言われた」

「それって……うちの父が金融庁の官僚だっていうこと?」

   ここに引っ張り込まれるときに、赤木さんがそう言ってたのを思い出す。

「あぁ、そうさ。それから、おまえの姉さんもそうらしいな?それと、おまえの母親は名門お嬢さま学校の教頭なんだってな?」

   姉も母も確かにそうだけど、わが母校のことをそんなふうに言われると、ちょっと照れる。
ま、世間的にはそう言われてる女子校だけど……

「……だからっ、なんで『彼氏』のおれが知らないのに、桃子はもちろん、おまえの同期の青山たちがみんな知ってるんだ?って話をしてるんだよっ」

   一人照れていたあたしを、赤木さんが横目で睨む。

——あぁ、そうだった。

   あの頃のあたしは、目黒先輩のときに踏んづけてしまったてつを、自らもう一度踏んづけるわけにはいかないと思い、赤木さんには家族構成は告げても、その経歴には一切触れなかったんだった。

   今となっては、あのときの目黒先輩がただ「チキン」だった、っていうことに尽きるんだけれども……

「だから……桃子から、なにも知らされていないのは『七海に心を開かれていないからなんじゃないか』と言われた」

   とたんに赤木さんの顔が苦しげに歪んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

カラダから、はじまる。

佐倉 蘭
現代文学
世の中には、どんなに願っても、どんなに努力しても、絶対に実らない恋がある…… そんなこと、能天気にしあわせに浸っている、あの二人には、一生、わからないだろう…… わたしがこの世で唯一愛した男は——妹の夫になる。 ※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「常務の愛娘の『田中さん』を探せ!」「もう一度、愛してくれないか」「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレを含みます。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

カタブツ上司の溺愛本能

加地アヤメ
恋愛
社内一の美人と噂されながらも、性格は至って地味な二十八歳のOL・珠海。これまで、外国人の父に似た目立つ容姿のせいで、散々な目に遭ってきた彼女にとって、トラブルに直結しやすい恋愛は一番の面倒事。極力関わらず避けまくってきた結果、お付き合いはおろか結婚のけの字も見えないおひとり様生活を送っていた。ところがある日、難攻不落な上司・斎賀に恋をしてしまう。一筋縄ではいかない恋に頭を抱える珠海だけれど、破壊力たっぷりな無自覚アプローチが、クールな堅物イケメンの溺愛本能を刺激して……!? 愛さずにはいられない――甘きゅんオフィス・ラブ!

処理中です...