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Chap.6 元カレの赤木さん 2

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   あたしは同じ会社の人がいないかどうか、辺りをきょろきょろした。
   こんなところで「ワケあり」の赤木さんといるなんて、絶対に見られるわけにはいかない。

   本当は個室がよかったけれど、さすがに予約もせずにたった二人で使わせてはくれないので、せめて奥の端の目立たないテーブルに着いた。

「……七海がまたおれのL◯NE消したからさ。おまえが社屋から出てくるの、ずっと待ってた」

   ハイスツールに腰かけた赤木さんがそう言って、あたしをじっと見つめる。

「……ウソ、ですよね?」

   あたしが赤木さんのL◯NEをまた消したことは事実だけれども……

——だって、彼はせっかちな性格だから。

   待ち合わせしたとき、あたしが五分前に来たにもかかわらず、もうイライラしてたもん。

「うん……ウソだよ」

   近寄りがたいほど整った目鼻立ちのはっきりした顔が、人懐っこそうな笑みとともに崩れていく。

——やっぱり。

「ほんとは、エントランスの総合受付にいる高坂こうさかさんにお願いしてたんだ。『秘書室の水野さんが出てきたら、速攻で教えて』って」

   入社二年目の高坂 愛実まなみは、同期だった美紀子が寿退社してから入社してきた子だから、あたしと赤木さんの「因縁」を知らないのだ。

——それに愛実ちゃん、押しの強いタイプに弱そうだからなぁ。社外ならともかく、出向しているとは言え、赤木さんは社内の人だしね。

   小柄でおとなしい彼女が、危機を察知した小動物のように赤木さんに警戒しながらも、結局は言いくるめられてしまったであろう様子がありありと目に浮かんだ。


   ジャニーズ系でカッコかわいい金髪の男の子の店員さんが、おしぼりとメニューを持ってきた。

——あれ、この子、ここじゃないところでも見たことがあるような気がするんだけれども?

「生『大』でいいよな?」
   赤木さんがメニューを見ながらあたしに訊く。

「……すいません、生ビールは中か小のどちらかになります」
   店員さんが仔犬のような愛らしい顔をちょっと歪めて、すまなさそうに言う。

「えーっ、『大』なくなっちゃったんだ?」

——こういうのが「三年の月日」というものでございます。

「じゃあ、生中ふた……」
   赤木さんがそう言いかけたところを被せるようにして、
「あたしはシャンディガフで」
と、オーダーした。ビールにジンジャーエールを合わせたカクテルである。

——なにもかもあの頃と同じようにはいかないのだ。


   しばらくして、先刻さっきの仔犬くんの店員がお通しとともに、生中とシャンディガフを持ってきた。

「……ふぅ」
   一気に半分くらい煽った赤木さんが一息吐く。

   これをオッサンなんかがやると、百メートル後方へドン引きしたくなるところだが、イケメンはなにをやってもサマになる。

   あの頃、二十八歳だった彼は三〇代になっていた。

   福岡生まれで、大学入学の際に上京した彼は、急遽転勤になった名古屋にはまったく縁のなかったはずだ。
   慣れない土地と仕事で揉まれたのであろうか、あの頃の少年のような屈託のなさが鳴りを潜め、代わりに堂々とした貫禄のようなものが備わりつつあった。

——要するに、男っぷりを上げて「帰還」した、ということだけれども……


「……副社長のおかげで、東京に戻ってこられたよ」

   赤木さんはしみじみと言った。

「実は『自動車』の武田専務からは、もう三年経つんだから、そろそろ『出向』じゃなく『転属』しないか、って言われてたんだ」

   そして、また一口、ぐーっとビールを呑む。

「この春から、副社長が総指揮を執るプロジェクトが始動して『システム統括本部』が発足することになってね」

——あぁ、だから情報システム部のホープである青山がメンバー入りしたのか。

「おれはもともと営業企画部だし、しかも『自動車』へ出向して『現場』にも詳しくなったということで、副社長からプロジェクトのメンバーに抜擢されたんだ」

   そして、彼は目を伏せた。


「七海、あのときは……なにも言わずに名古屋へ行って悪かった」

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