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Chap.6 元カレの赤木さん 2

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「……どうして、まだ東京にいるの?」

   あたしはあからさまに顔をしかめた。

「火曜日にはいったん名古屋へ戻ったさ。そして今日、また東京に来た」

   赤木さんはまったく悪びれずに言う。

「本来なら、年度始めの四月からプロジェクトがスタートするはずだったんだが、急遽、副社長が一ヶ月前倒ししたんだ。すでに、プロジェクトを指揮する社外取締役も着任してる。会議に出席していた彼をおまえも見ただろ?」

   彩乃さんの遠縁で、あさひJPN銀行の御曹司である朝比奈氏のことだ。

「だから、三月は引き継ぎのために東京と名古屋が半々で、四月からはずっと東京だ」

——そんな情報はいらない。

「この前は、通話してる最中に逃げられたけど、今日は逃がさないからな」
   赤木さんが射抜くようにあたしを見る。

   あの頃、あんなにうれしかった彼のまっすぐな眼差しが、今のあたしには鬱陶しいだけだ。

   なのに——

「……さぁ、メシ食いに行こうぜ」

   赤木さんはあたしの手首を掴んで、雑踏の中を歩き出した。

——相変わらずの「俺様」だなぁ。

   彼はしし座のB型だった。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   痛くはない程度にきゅっと手首を掴まれ、けれども決してその手は離してくれない。

「……ねぇ、どこへ行くんですか?」

   そのまま、赤木さんに引き摺られるように歩きながら、あたしは怪訝な声で訊いた。

「東京に返り咲いたら、七海とまた行きたいと思ってたんだ」

   そう言って、彼があたしを連れて行ったのは……

   「呑み会」と称した社内合コンで……あたしがそのあと彼に「お持ち帰り」されたお店だった。

   南青山の会社近くにあるこのスペインバルは、先月の「同期会」で友佳ともかと青山と三人で呑んだ店でもある。

——要するに「会社御用達」のお店っていうことだけれども。


   あたしはふと、つき合っていた半年の間に、赤木さんと食べに行ったお店を思い浮かべた。

   印象に残っているのは、福岡から東京に進出してきた博多ラーメンの店に行ったときのことだ。

   彼はスープを一口すすって『こがん味ば地元ん味やなか』と吐き捨てるようにつぶやいた。

   確かにそのお店はあっさり系の豚骨スープだったが、あたしにはじゅうぶん満足のできる「うまか」スープだった。

   そして、彼が気に入って絶賛するのは決まって、おどろおどろしいほどこってりと「進化」した豚骨スープだったのだ。

   諒くんみたいに、フードパークの豚骨ラーメンを気に入って『今度は海鮮丼を食べにフードコートへ行こう』なんて、

——絶対にありえないだろうなぁ……

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