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Chap.6 元カレの赤木さん 2

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   彩乃さんは細っこく見えるが、モデル並みの長身の上に、しなやかな筋肉の持ち主だった。
   本人は「スポーツに縁のないインドア派」だと言うが、大学時代はチアリーディング同好会に入っていたらしい。

   どうやら、ハードながらもスポーツと呼ぶには微妙なカテゴリーの競技で、しかも体育会には所属していない「同好会」のため、ほかの部の応援に駆り出されることもなく、ただ体育館でひたすら練習をおこなっていただけだったということから、そのように思っているみたいだ。

「いやぁよおっ!わたしはフラれたのよぉっ!今さら、どんな顔をして会えっていうのよぉっ⁉︎」

   駄々っ子のようにムズがる同じく長身の誓子さんを、彩乃さんはこともなげに「拉致」し、引きずるようにして秘書室から出て行く。

   あたしは両拳を握りしめ、
「誓子さん、ファイトですっ!」
とエールを送った。ポンポンを振りたい気分だ。

「だからっ、誤解なんですってばっ!ケンちゃんの方がお断りされたんですっ!何回も言ってるじゃないですかっ‼︎」
「そんなの、ウソよぉっ!」
「だったら、直接本人に聞きましょうっ!さあっ‼︎」

   二人の声は副社長室に入っていくまで、廊下じゅうにこだましていた。


   そして、この日は結局、誓子さんは秘書室には戻ってくることはなく、「出先」から直帰したとのことだった。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   あわただしかったこの週も、なんとか金曜日を迎えることがてきた。

   彩乃さんはやはり陰鬱な表情のままで、今日も副社長室ではなく、あたしたちの秘書室で業務をおこなっていた。しかも、虚ろな目をして日に何度もほぉーっと深いため息を吐いている。

   それにひきかえ、誓子ちかこさんは見るからに「お花畑」で、脳内で蝶々を飛ばしているかのように浮かれきっている。

   この週末、「ケンちゃん」と映画を観に行くことになったらしい。二人とも立派なアラサーなのに、まるで「あんたたち、アオハルかよ?」と思うほどの初々しさだ。

——ようやく訪れた「春」みたいだから、多少のことは大目にみるか。


   かつて、「ケンちゃん」——ステーショナリーネットの葛城社長からお見合い話を断られたのは事実ではなく、誓子さんから……というか、誓子さんのお父さんである大橋コーポレーションの社長が断った、というのが「真実」だということが判明した。

   大橋社長は、ステーショナリーネットの親会社で老舗の文具メーカー萬年堂の後継者である「兄」の方とお見合いをさせたつもりだった。

   ところが、もともとお見合いに気乗りしなかった「兄」が、たまたま誓子さんの写真を見て気に入った「弟」にその「権利」を譲ってしまったのだ。

   そして、本人同士は会うなりお互いを好ましく思ったのだから、めでたしめでたし…の大団円のはずだったのだが——

   今やネット通販では日本有数のシェアを誇るステーショナリーネットであるが、この頃はまだやっと軌道に乗りかけたところであった。
   なので、海の物とも山の物ともしれない会社を経営する男に、大事な一人娘(お兄さんはいるらしいが)を嫁がせるわけにはいかないと、大橋社長は判断したらしい。

   ところが、娘の誓子さんは相手をたいそう気に入ったらしく、あんなにイヤがっていたはずの結婚に、かなり前向きになっているではないか。

   そこで、そんな娘を諦めさせるために一芝居打ったというわけだ。


   すべてを知った誓子さんは、親子の縁を切る勢いで激怒し、現在お父さんとは絶交中である。

   ちなみに今のお父さんは、手のひらをくるりと返し、急成長を遂げたステーショナリーネットを経営する葛城社長とのことを手放しで喜んでいるそうだ。
   反対するどころか「誓子たちはいつ結婚の挨拶に来るんだ?」と一人先走り、お母さんやお兄さん夫妻に呆れ返られているとのことだ。


   しかし、一つだけ、気になることがある。

   誓子さんは葛城社長の前になると、借りてきたネコのようにおとなしくなって……

——まったく「素の自分」が出せていないのだ。

   さすがの誓子さんも「素の自分」が、男性には好まれにくい性格であることは自覚できているらしい。(まぁ、女性でもそうだけど……)

   でも、ほかの人だったら「許せない」と思うようなことでも……誓子さんだったら、なぜか「しようがないなぁ」って思ってしまうから、そんなに気にすることないんだけどなぁ。

   むしろ、そんな自分でも葛城社長が受け入れてくれるかどうか、速攻で確かめた方がいい。

   だけど、「好きな人から嫌われたくない」という「乙女な気持ち」も、痛いほどよくわかる。

   だって……

——あたしが赤木さんに対してそうだったから。

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