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Chap.5 元カレの赤木さん

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「……ともちん、あたしのL◯NEを、赤木さんヤツに売ったな?」

   メトロの表参道駅へ向かう道すがら、あたしは友佳ともかへトークで確認することなく、直でL◯NE通話した。友佳は残業中のはずだが、そんなことはお構いなしだ。

『ええっ、赤木さん、もうななみんにL◯NE送ったの!?』

   通話を受けた友佳は素っ頓狂な声を上げた。法務部を出て、スマホができるところへ移動しているのだろう。パタパタと小走りで急ぐ音がする。

『ごめんっ、ななみん。赤木さんが突然、うちの部にやってきてさ。もうびっくりしたわよー。「七海に謝りたいから、どうしても教えてほしい」って言うのよ。最初はちゃんと拒否ったんだよ?だけど、すっごい粘られて……とうとう教えちゃった』

   スマホの向こうの友佳は、本当に申し訳なさそうな声だった。

——まさか、イケメンに拝み倒されたから日和ひよったんじゃないよね!?

『それに……あのときは、あたしだって口惜しかったからさ』

   落ち着いて通話できる場所へ移った友佳は、ぼそりと言った。

『だってさ、ななみんってば、あんな目に遭わされたっていうのに、赤木さんからまったく謝ってもらってなかったっしょ?』

   しかし、その口調がだんだんヒートアップしてくる。

『ななみん、一時は食欲もすっかりなくなって、激痩せするしさっ。うちに来てもなぁんにも食べずに呑んでばっかだったじゃん!会社だって、辞めそうな気配だったしっ。あたしもまゆゆもミキティも、ほんっとに心配したんだからねっ!』

   彼らが名古屋へ去ってからも、あたしのひどい状態はしばらく続いた。

   だけど、あれから三年が経ち、今では麻由と美紀子は転職と結婚によって、もうこの会社にはいない。あたしの方が図太く残っているのだ。

   また、それまでは男子社員からそこそこ「水野さん、今度呑みに行かない?」と声をかけられていたのだが、それからはすっかり腫れ物に触るような存在になってしまった。
   だから、あたしに対してズケズケ言ってくるのは青山くらいだ。

——結局「あれ」以来、彼氏もできなかったしね。

   別に、恋愛に懲りた、というわけでもないのに……むしろ、早くあの頃を忘れられるのなら、すぐにでも違うだれかを好きになりたかった。

「うん……そうだったね。あのときは、ありがとう、ともちん」

『……でもさぁ、ちょっと、失敗シクったかもしれないんだよねぇ』

   友佳のトーンがにわかに暗くなった。

『滅多に東京に来ることのない赤木さんだから、ななみんへ謝ってもらうにはいい機会だと思って、つい教えちゃったんだけどさ』

   あたしたちが赤木さんを見たのは、彼が名古屋に転勤して以来だった。

『もしかして、赤木さん……この春から本社に戻ってくるんじゃないの?』

——すっ、鋭いっ!ともちんっ!!

『ま、人事のことだからね。ななみんは知ってても言わなくていいわよ』

   さすが法令遵守コンプライアンスの「番人」法務部の一員メンバーだ。

『とするとさ……ななみんとのわだかまりを「解消」しないと、戻ってきても本社での「居心地」が悪いままじゃん?』

   もちろん、業務上は何の差し障りがないとはいえ、終業後に会社の人と呑みにも行けないなんて、寂しすぎるもんね。特に、赤木さんはお酒好きだし。

『……まさか、武田さんまで戻ってくることはないと思うけど』
   友佳は忌々しげに唸った。

「あれから、もう三年だよ?赤木さんはなにも言わなかったけど、桃子さんと結婚しててもおかしくないよ。あの人だったら、寿退社してるんじゃない?」

——赤木さんの東京出張には、ついてきたみたいだけどね。

『とにかく気を許すんじゃないよ、ななみん』

「うん、わかってる。別にもう、赤木さんから謝ってもらいたいわけじゃないし。たとえ東京に戻ってきたとしても、関わらないようにする」

   あたしはそう言って、L◯NE通話を終えた。

   いつの間にか青山通りにさしかかっていて、メトロの表参道駅がすぐ前にあった。

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