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Chap.5 元カレの赤木さん
④
しおりを挟む午後の業務が始まり、誓子さんと秘書室で仕事をしていたら、入室してきた島村室長に、
「水野さん、小会議室にコーヒーを五人分持ってきてくれませんか?」
と指示された。
「……はい、承知しました」
あたしはすぐさまデスクの椅子から立ち上がった。
「それから、この度社外取締役に就任される方が同席されてますから、くれぐれも失礼のないように」
——おおっ、それは身が引き締まる。
「へぇ……どちらの会社から?」
誓子さんが能天気に尋ねる。
「まだ、他言無用でお願いしますよ」
島村室長が誓子さんをじろりと見る。
「……あさひJPN銀行からです。新年度より、執行役員の朝比奈 海洋氏が、我が社の社外取締役に就任されます」
「あら、彩乃の会社のグループじゃない?それに同じ名字ね」
あさひJPN銀行は、彩乃さんの実家のあさひフィナンシャルグループの傘下の銀行だった。
「朝比奈さんの遠縁にあたる方だと聞き及んでいます」
——これも「幸せな業務提携」の一連の流れなんだろうけど……
副社長の「オンナ問題」(推測だけど)で暗雲漂う今の彩乃さんの心境を考えると、複雑だなぁ。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
五人分のコーヒーが入ったステンレスのポットを抱えて、あたしは小会議室に入った。
入り口の脇にあるマホガニー調のカップボードから五組のカップとソーサーを取り出し、サイドテーブルでセットして、ポットのコーヒーを注ぐ。
ラウンドされたテーブルには副社長をはじめとする五人の男性が席に着いていた。すでに会議は始まっていて、だれもがPCやタブレットを操作しながら発言している。完全ペーパーレスだ。
あたしは議事進行の妨げにならないように留意しつつ、小声で「失礼いたします」と言いながら、まずは「社外取締役」に就任される朝比奈氏の脇にカップを置く。粗相は絶対にあってはならないのはもちろん、たとえ会議の内容が耳に入ってきたとしても、意識の外に置く。
「……ありがとう」
少しくぐもりがちの低い声が返ってきた。
ふと、お顔を拝見すると……
——うっわー、めちゃくちゃ若いじゃんっ!
三十歳の副社長と同じくらいに見える。日本を代表するメガバンクの執行役員なんて、定年前後のオッサン——もとい「ご年配」の方だとばかり思っていたので、すっごく驚いた。
しかも……
——うっわー、島村室長系の「和風イケメン」じゃーんっ!
彩乃さんの遠縁と言ってたけれど、ハーフか?クォーターか?と見紛う彼女とは似てないが、さすがは美形の一族だなぁ、と思った。
次に、社外取締役の対面に座る、副社長の脇にカップを置く。すぐさま、はっきりとした声で「ありがとう」と返ってくる。
いつ見ても、光背が四方八方に伸びてるんじゃないかと思われる、圧倒的なオーラだ。
——動悸・息切れ・めまいを起こさないようにしなければ。
そして、副社長の隣に座る島村室長にカップを置く。
——あぁ、この人もイケメンだったわ……
しかも、残る二人のうちの一人は青山だ。
——なんなのっ、この会議のメンバーっ!イケメンパラダイス(古っ)じゃーんっ!!
こうなったら、残る一人で「中和」させないと、動悸・息切れ・めまいが半端ない。マジでぶっ倒れそうだ。
まさか、その原因が「イケメンパラダイス」のせい、とは口が裂けても言えない。
そう思って、青山の隣に座る人を見た。
気配を感じたのだろうか。その人がタブレットから顔を上げた。
その瞬間、あたしの心臓の鼓動が——確実に止まった。
あたしと目が合うとその人は……
意志の強そうな目をいたずらっぽく輝かせて、きりりと引き締まっていた口角を微かに上げた。
そして、一瞬のうちに、あたしのすべてを「あの日々」に連れ戻してしまった。
——なんで、もう東京に戻ってるの?この時期の異動って普通、四月からじゃないの……?
あたしは信じられない思いで、目の前の赤木 隼人を見つめる。
彼は、三年前……あたしの恋人だった男だ。
そして——
あたしが身も心もひれ伏すほどに……ただひたすら愛した、たった一人の男だった。
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