上 下
53 / 102
Chap.5 元カレの赤木さん

しおりを挟む

「……あっ、そうそう。この前、同期で呑みに行ったとき、法務部の友人が言ってたんですけど」

   さらに、彩乃さんの気分を盛り上げて差し上げよう。

「島村室長のこと、なんですけど……」

   すると、なぜか彩乃さんの顔が歪んだ気がした。

——あれっ、間違えた?

「なによ、なによっ。早く言いなさいよっ!」

   突然言い淀んだあたしに、誓子さんが身を乗り出してせっつく。

——仕方ない。ここまで言ったからには。

「えっと……絶対に、だれにも言わないでくださいね?」

   まぁ、この一言のエクスキューズが、ナイショ話をいつの間にか「周知の事実」にさせていくのだけれども……

   そして、あたしは友佳から聞いた、法務部での島村室長と進藤 光彩ありさ弁護士との血も凍る、極寒地仕様のブリザード対決を洗いざらいぶちまけた。
   おまけに、二人が大学時代カレカノで、その別れた経緯いきさつも。

——すみません、島村室長。


「……休憩中申し訳ありませんが、朝比奈さん、副社長室にお茶をお願いします」

   ふと声がしたため、あたしたちは顔をそちらに向けた。すると……そこに島村室長が立っているではないか。

——ひいいいぃっ!? ウワサをすればなんとやら、だっ!

   いつもお昼休憩のときは副社長と一緒なので、油断しきっていた。あたしは完全にテンパってしまった。やっぱり、ヒミツの話はバラすものではない。

   しかし、さすがは彩乃さんである。

「は…はい」
と、若干声は上擦りながらも、ランチボックスのふたを閉めて、すくっと立ち上がった。

   そして、あたしたちに目配せしたあと、島村室長について秘書室を出て行った。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


「……ねぇ、七海。彩乃のこと、どう思う?」

   島村室長と彩乃さんが去ったあとの空間を見ながら、誓子さんが訊いてくる。

「ど、どうって?」
   あたしはおずおずと様子を伺う。

「あれは絶対になんかあったわよね?」
   誓子さんが目をすがめて言う。

「えっ、島村室長とですか?」

「なんで、島村室長が出てくるのよ?」

   あたしが思わず口走った言葉に、誓子が怪訝な顔をする。

先刻さっき、島村室長の名前を言ったとき、なんか彩乃さんの顔色が変わったから……」

   誓子さんが、ああ、あれね…という顔をする。

「でも、そのあと法務部の女弁護士とのブリザード対決の話には、にこにこしてたじゃない?
島村室長自身が関わってるとは、わたしには思えないわ」

——この人、思いのほか、よく見てるなぁ。

「たぶん……副社長とのことじゃない?彩乃が『やっぱり、結婚ってね。本当に好きだと思える人とするのが、幸せになれると思うから』って言ってたことの方が気になるわ」

   誓子さんが、うぅーん、と唸りながら腕を組む。

「あれだけの男だもんね。……オンナ関係よ」

——あんなに上手くいってるように見えても、実際にはわかんないもんだなぁ。

   この国の基幹産業である自動車メーカーを母体としたTOMITAホールディングスの御曹司・富多 将吾と、この国のメガバンクの一角を成すあさひJPNフィナンシャルグループの創業家令嬢・朝比奈 彩乃との「平成最大の幸せな業務提携」は、婚約発表時に互いの会社の株価も上がったくらいなのだ。

   確かすでに結納も済ませて、お互いの会社のためにももう後戻りはできないはずなのに、副社長に「オンナの影」が見えたのであれば……

——彩乃さん、つらいだろうなぁ。


「……で、七海の方はどうなのよ?」
   誓子さんがちらり、とあたしを見る。

「それが、向こうの仕事が忙しすぎてこの前のデート以来会えていないんです」
   知らず識らず、目を伏せてしまう。

「なにもがっつりデートしなくても、ちょっとの時間でも会えばいいじゃない?」
   誓子さんがさも当然のように言う。

——だけど、父や姉の状況を見ていたら、とてもそんなワガママを言う気にはなれない。

「でも……『首輪』をはめられてるとこを見ると、うまくいってるみたいだわね」

   誓子さんの視線があたしの首元に落ちる。

「それ、アメシストよね?情熱の赤と冷静の青が混ざった『紫』が、『真実の愛』を見抜く力をもたらすらしいわよ?」


——やっぱり、この人、よく見てるわ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

カラダから、はじまる。

佐倉 蘭
現代文学
世の中には、どんなに願っても、どんなに努力しても、絶対に実らない恋がある…… そんなこと、能天気にしあわせに浸っている、あの二人には、一生、わからないだろう…… わたしがこの世で唯一愛した男は——妹の夫になる。 ※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「常務の愛娘の『田中さん』を探せ!」「もう一度、愛してくれないか」「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレを含みます。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...