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Chap.4 初カレの目黒先輩

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——先輩、なんだかんだ言っても……

   会社からうちに帰れば、奥さんと娘ちゃんが必ず待っている、っていう「あたりまえの」暮らしに、どっぷり浸かっちゃってるんじゃないの?

   今さら、灯りの点いていない真っ暗な部屋になんか——もう帰れないっしょ?

「もし、奥さんと娘ちゃんに出て行ってほしくなければ、とりあえず……『新田さん』だっけ?先輩の会社のその人のように、左手薬指にしっかりと結婚指輪をすることね」

   あたしは未婚にもかかわらず、腕を組んでエラそうにアドバイスした。

「はぁ?……なんで結婚指輪したら、あいつらがうちから出て行かないんだ?」
   目黒先輩が腑に落ちない顔をする。

「奥さんは結婚指輪してる?」

「妊娠中は外してたけど、出産して体重が戻った最近は……またしてるかな」

——じゃあ奥さんは、先輩に対して、まだ愛想を尽かしてないな。

   夫婦仲が悪くない人でも、出産を機にサイズが合わなくなったりして外すようになるものらしいのに、またつけてるんだ。
   よっぽど気に入ったデザインならいざ知らず、別れたいと思う相手とおソロの結婚指輪なんて、あたしならイヤだもんね。

「ほんとは奥さんにちゃんと『これからもずっと傍にいてほしい』くらい言えればいいんだけど、先輩としてはこっ恥ずかしくてハードル高いっしょ?」

   その辺の「性格分析」は昔取った杵柄だ。甘いこと言いそうな顔してるくせに、なかなか言えないタイプなのだ。
   むしろ、クールな顔した諒くんの方がまだ言えるタイプのようだ。

   案の定「そんなの、今さら言えるかよ?」という顔をしている。

「だからさ、先輩が結婚指輪をすれば、奥さんとの結婚に対して『ちゃんと受け入れているからね』っていう『意思表示』にはなると思うんだ」

   たとえ、本人が覚悟の上とはいえども、社会に出てやりたかったはずのことを犠牲にしてまで、先輩の赤ちゃんを産んでくれたことには違いないと思う。

   だからさ……

——奥さんには、せめて、そのくらいのことはしてあげようよ?

「今のままじゃ、奥さんだってたぶん、先輩が仕方なく自分と結婚したと思ってるよ?もし先輩がこのまま結婚生活を続けたいんだったらさ。……奥さんを『安心』させてあげてよ」

   目黒先輩は、なにもつけられていない自分の左手薬指を見た。

「結婚指輪なんて、向こうの親から言われてあわてて内輪だけで挙げた、結婚式の指輪交換でしかしたことなかったけどさ。でも、まぁ……ちょっとしてみるかな?」

——うん、いい傾向と対策だ。


   順番は入れ替わっちゃったかもしれないけれど……

   先に結婚があったとしても、先に子どもが生まれちゃったとしても……

——今から、恋すればいいじゃん。

   こんなどうしようもない人だけど、せっかく縁あって結婚して、子どもまでもうけたのなら……

   できれば——このまま幸せになってほしい。

——だって、あたしが、初めてがっつり好きになった人だから。


「……あ、緑川はおれが結婚してるってことは知らなかったからさ。ほんとに無理言って、おまえをここへ呼んでもらったんだ」
   決まり悪そうな顔で、目黒先輩は言った。

「うん、わかった」
   あたしは、ふふっ、と笑った。

   先輩が既婚者だと知っていたら、千夏は絶対にあたしをここへ呼んだりはしなかっただろう。

「あぁ……でも、やっぱ、おれ……」

「なに?」とあたしが目を遣る。

「……おまえがよかったなぁ」

——まだ言うか?

「早く、うちへ帰りなよ、先輩。かわいい奥さんと娘ちゃんが待ってるよ?」

   あたしはバ◯ーネ・リカーゾリを最後の一滴までしっかり飲み干した。

   そして、ハイスツールから立ち上がった。

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