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Chap.4 初カレの目黒先輩
⑨
しおりを挟む「あいつが……エミが『結婚なんてしてくれなくってもいいからどうしても産みたい』って言うんだよ。おれは何度も『卒業まではまだ一年近くあるし、せっかくもらった内定は辞退することになるんだぞ?』って説得したけど、結局はもう堕ろせなくなる時期になっちまって。それで、当時はつき合ってた彼女もいなかったし……責任とって籍入れた」
——はぁ!?
聞けば聞くほど、こいつ、サイテーな男なんだけれどっ。彼女の方が若いのに、ずっと肝が座ってんじゃん。
でも——きっと「確信犯」だ。
こんなヤツでも、インターンシップの頃から憧れていて、なんとしてもモノにしたかったんじゃないのだろうか?
内定の『お祝いしてください』をきっかけにしてカラダを預けたのも「決死の覚悟」だったんじゃないのかな?
こんなヤツでも——かつて『好きなんです。つき合ってください』と言ったのはあたしの方だったから……
だから、そのときの彼女の気持ちは、痛いほどわかるような気がした。
——ま、こいつには、そんなこと、まーったくわかっちゃいないんだろうが。
「どんな形であれ……たとえ、デキ婚であってもさ。『結婚』って、好きになった女とするとばかり思ってたよ。……でも、まさか、こんなふうになるとは、な」
目黒先輩は自嘲気味にふっ、と寂しく微笑んだ。
「結局、エミはなんとか大学は卒業したものの、うちの会社の内定は辞退して、親の期待に背いちまったからさ、子どもが生まれたことで少しは軟化したけど、それでも向こうの実家とは折り合いが悪くてさ。おれのせいで、あいつの人生はめちゃくちゃになっちまった。そんなあいつを毎日見てると、罪悪感と申し訳なさとで……」
ふーっ、と長い息を吐く。
「……逃げ出したくなる」
——はぁ!? なに寝ぼけたこと言ってんの?文字どおり「自分が蒔いた種」でしょ!?
……と、また巻き舌で言ってやりたいところだが。
恋愛感情があって「デキちゃいました」であれば「順番がちょっと入れ替わっただけじゃん」で済むことだけど、そうではなかったのだ。
人生設計が狂ってしまったのは、彼だって同じなのだ。
だが、そんなモヤモヤした感情を押し退けて、男だし歳上の社会人だしってことで、生まれてくる命のために、自分が矢面に立っていろんなことを処理していったのだろう。
だけど、子どもが無事生まれて一段落した今、自然と心に「澱」が降り積もってしまっていたのは、どうしようもないことなのかもしれない。
人は愛情もなしに「責任感」だけで他人の人生を背負い込めるほど、聖人君子ではないからだ。
——くれぐれも、予期せぬ妊娠には気をつけなくっちゃ。
「もし、あのとき『彼女』がいたら、エミとラブホに行くどころか、二人きりで呑みにすら行ってなかった。……こんなことなら、おまえと別れるんじゃなかったなぁ」
目黒先輩はカウンターの上のネグローニを見つめて、問わず語りのようにつぶやく。
「おまえと違って、エミは自分の思ってることをなぁーんにも言わねぇしな。そもそも仕事以外ではどんな子なのかも知らなかったし、一緒に暮らすようになっても、お互いどこか他人行儀なまんまで、今でもあいつがなに考えてんだか、皆目わかんねぇよ。今は毎日、生まれた子どもの世話に追われてて、ろくに会話もないしさ。……ついでに、セックスもねえしよ。お互い二十代にして、すっかり『レス』だぜ?」
そして、すっかり氷の溶けてしまったネグローニを一口含んで、顔を顰める。
「『結婚』ってなんだろなぁ。……『幸せになる』ってどういうことだ?」
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