お見合いだけど、恋することからはじめよう

佐倉 蘭

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Chap.3 お見合い相手の田中さん 2

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——だけど、この人って……

   あたしは店内に大きく貼られたパネルの中で、艶やかに微笑む美しい女性を横目で見た。

——だったら、この人は……

   このジュエリーショップJubileeの専属ジュエリーデザイナーであり、ブランドイメージを体現するためのアイコンとして、雑誌などの媒体でモデルを務める——

「うそっ、もしかして、久城くじょう 礼子あやこっ!?」

  あたしは突然名前を呼び捨てにして叫んでしまった。

「あっ……すいませんっ」

   あわてて非礼を詫びる。確か彼女はやんごとなき血筋の末裔で、世が世なら華族のお姫さまだったはずだ。

「いいのよ、慣れてるから」

   彼女——久城 礼子さんがパネルと同じ表情で微笑んだ。

「おまえは、よく自分の顔をこんなにデカデカと店に貼れるな」

   諒くんが呆れた顔でパネルを見た。

「あら、わたしだって、恥ずかしいわよ?社長に言われて仕方なく、なのよ。ショップにだってあまり来たくないのに、元カレのあなたがどうしてもって言うから」

   久城さんは拗ねたような顔で言い返した。

——えっ、元カレっ!? やっぱり、諒くんと久城さんとは……


「……久城、今の言葉はおれにではなく、おまえを置いてイギリスに行っちまった恭介きょうすけに言え」

   血も凍りそうな氷点下の声だった。しかも、いきなり視線だけで人の息の根を止めるかのような凄まじさだ。
   声を荒げることなく冷ややかだからこその、ものすごい凄みだ。

——まるで、あの青山じゃん。

   こんな諒くんを見るのは初めてだった。

「ふん、今さらあんなヤツになんか言いたいことなんて、なぁーんにもないわ」

   久城さんはいっさいひるむことなく、さらりと言い返した。

「……でも、諒志、彼女がすっごい退いちゃってるけど、大丈夫かしら?」

   すると、諒くんがハッとした顔で、青ざめてフリーズしていたあたしの方に振り向いた。

「ななみん、違うんだ。聞いてくれ。久城は大学時代にいろんな大学を交えてテニスサークルをつくったときのメンバーなんだ。……あっ、おれは高校まではバスケ部でキャプテンもやってたけど、釣書に書いたから知ってるよな?……それで、一緒にサークルをつくったおれの中高一貫校時代からの親友の二人のうちの一人で、この松波屋の跡取り息子の御曹司でありながら、医者になって現在イギリスで留学中の、松波 恭介の元カノが久城なんだ。こんなヤツがおれの元カノでは断じてない。信じてくれ。……あっ、ちなみにもう一人のヤツは弁護士なんだけど、そのうち、ななみんに紹介するから」

——久城さんが、諒くんの元カノじゃないのはわかりました。

   でも、なんだかほかにも(余計な)「情報」がぶっ込んであって、おバカなあたしの頭にはまったく入ってこないんですけれども……

   まぁ、あたしも大学時代には、通っていた女子大以外の人とも交流しなきゃな、と思ってイベント系のサークルに入っていたけどね。

   それと……

   「官僚」の親友は「医者」と「弁護士」のような、やっぱりハイスペックな方々なのね。

「な……ななみん?」

   久城さんは、ありえないものを見るかのごとく驚愕の表情を浮かべていた。

「『こんなヤツ』って言われて怒るところだけど、そんなこと言ってられないわね。無機質な人造人間サイボーグみたいにいつも理路整然と相手をやり込める諒志が、こんなに取り乱して支離滅裂な『弁解』をするのを初めて見たわ。……しかも、『彼女』のことを『ななみん』呼びするなんて」

——あ、やっぱり『無機質な人造人間サイボーグ』の印象で見られてるんだ。

「久城、うるさい。黙れ」

   また久城さんの方に向き直った諒くんは、血も凍る氷点下に逆戻りである。

「……諒くん、失礼だから」

   あたしは諒くんのツイードのジャケットの袖口を、くいくいと引っ張った。すると、あたしの方を見たとたん、諒くんの表情が和らぐ。

——器用だなぁ。

「……り、『諒くん』って」

   久城さんはまた、ありえないものを見るかのごとく驚愕の表情を浮かべていた。

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