35 / 102
Chap.3 お見合い相手の田中さん 2
⑪
しおりを挟む——だけど、この人って……
あたしは店内に大きく貼られたパネルの中で、艶やかに微笑む美しい女性を横目で見た。
——だったら、この人は……
このジュエリーショップJubileeの専属ジュエリーデザイナーであり、ブランドイメージを体現するためのアイコンとして、雑誌などの媒体でモデルを務める——
「うそっ、もしかして、久城 礼子っ!?」
あたしは突然名前を呼び捨てにして叫んでしまった。
「あっ……すいませんっ」
あわてて非礼を詫びる。確か彼女はやんごとなき血筋の末裔で、世が世なら華族のお姫さまだったはずだ。
「いいのよ、慣れてるから」
彼女——久城 礼子さんがパネルと同じ表情で微笑んだ。
「おまえは、よく自分の顔をこんなにデカデカと店に貼れるな」
諒くんが呆れた顔でパネルを見た。
「あら、わたしだって、恥ずかしいわよ?社長に言われて仕方なく、なのよ。ショップにだってあまり来たくないのに、元カレのあなたがどうしてもって言うから」
久城さんは拗ねたような顔で言い返した。
——えっ、元カレっ!? やっぱり、諒くんと久城さんとは……
「……久城、今の言葉はおれにではなく、おまえを置いてイギリスに行っちまった恭介に言え」
血も凍りそうな氷点下の声だった。しかも、いきなり視線だけで人の息の根を止めるかのような凄まじさだ。
声を荒げることなく冷ややかだからこその、ものすごい凄みだ。
——まるで、あの青山じゃん。
こんな諒くんを見るのは初めてだった。
「ふん、今さらあんなヤツになんか言いたいことなんて、なぁーんにもないわ」
久城さんはいっさい怯むことなく、さらりと言い返した。
「……でも、諒志、彼女がすっごい退いちゃってるけど、大丈夫かしら?」
すると、諒くんがハッとした顔で、青ざめてフリーズしていたあたしの方に振り向いた。
「ななみん、違うんだ。聞いてくれ。久城は大学時代にいろんな大学を交えてテニスサークルをつくったときのメンバーなんだ。……あっ、おれは高校まではバスケ部でキャプテンもやってたけど、釣書に書いたから知ってるよな?……それで、一緒にサークルをつくったおれの中高一貫校時代からの親友の二人のうちの一人で、この松波屋の跡取り息子の御曹司でありながら、医者になって現在イギリスで留学中の、松波 恭介の元カノが久城なんだ。こんなヤツがおれの元カノでは断じてない。信じてくれ。……あっ、ちなみにもう一人のヤツは弁護士なんだけど、そのうち、ななみんに紹介するから」
——久城さんが、諒くんの元カノじゃないのはわかりました。
でも、なんだかほかにも(余計な)「情報」がぶっ込んであって、おバカなあたしの頭にはまったく入ってこないんですけれども……
まぁ、あたしも大学時代には、通っていた女子大以外の人とも交流しなきゃな、と思ってイベント系のサークルに入っていたけどね。
それと……
「官僚」の親友は「医者」と「弁護士」のような、やっぱりハイスペックな方々なのね。
「な……ななみん?」
久城さんは、ありえないものを見るかのごとく驚愕の表情を浮かべていた。
「『こんなヤツ』って言われて怒るところだけど、そんなこと言ってられないわね。無機質な人造人間みたいにいつも理路整然と相手をやり込める諒志が、こんなに取り乱して支離滅裂な『弁解』をするのを初めて見たわ。……しかも、『彼女』のことを『ななみん』呼びするなんて」
——あ、やっぱり『無機質な人造人間』の印象で見られてるんだ。
「久城、うるさい。黙れ」
また久城さんの方に向き直った諒くんは、血も凍る氷点下に逆戻りである。
「……諒くん、失礼だから」
あたしは諒くんのツイードのジャケットの袖口を、くいくいと引っ張った。すると、あたしの方を見たとたん、諒くんの表情が和らぐ。
——器用だなぁ。
「……り、『諒くん』って」
久城さんはまた、ありえないものを見るかのごとく驚愕の表情を浮かべていた。
0
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる