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Chap.3 お見合い相手の田中さん 2

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   ラーメンというヤツは、いったん思い浮かべたら、食べたくてどうしようもなくなる、超厄介な代物だ。

「ここは、いろんな地方の有名店が一堂に会する超お得なスポットなんですっ!」
   あたしはこぶしを握って力説した。

「へ、へぇ……そうなんだ」

   超クールな諒くんが挙動キョドってたじろごうが、いっさいお構いなしだ。もう、あたしの「口がラーメン」になっているのだ。

「でも……こんなに店があったんじゃ、どれを食うか迷うな」
   諒くんが腕を組んで立ち並ぶお店を見渡す。

「……大丈夫。お任せください」

   「いいラーメンがいますぜ、旦那」とまでは言わなかったが——あたしは江戸時代の遊郭にいる遣り手ババァのように、ひひひ…と忍び笑いをした。

   いつも食べるラーメンは、決まっているのである。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


「……うわぁ、すっごい豚骨の匂い」

   あたしは目の前に置いた本場博多の豚骨ラーメンの香りにわくわくした。
   まずは、レンゲで白濁したクリーミーなスープを掬って、口へと運ぶ。

「はあぁ……っ、ばりうまかスープっちゃぁ……」

   心の奥底にまでしみわたるスープだ。


   母の実家は東京の三鷹であるが、父の方は代々福岡の柳川だ。中学受験のため上京してくる前まで、父はその地で生まれ育った。

   その後、大学を卒業して大蔵省に入省し、四十代半ばになった父が、福岡財務支局長として出向することになった。(まだ金融庁が大蔵省の管轄だった時代だ。)

   そのとき、母は『おとうさんに単身赴任させるなんてイヤよ。ついてくわ』と言って、勤務していた私立の女子校を休職した。

   そして、女子御三家の一角をなす中学に進学が決まっていた姉だけは、三鷹の母の実家で暮らすことになり東京に残ったが、まだ小学生だったあたしは父母について福岡へ移った。

   なので、福岡の地はあたしにとって「第二の故郷」になった。(ばってん、うちん血ん中の半分ば流れとぅとやけんね。)

——なんといっても、この豚骨ラーメンのスープが懐かしくてたまらない。

   福岡の地下鉄の赤坂駅で降りて、長浜の屋台によく連れて行ってもらったことを思い出す。

   あたしたち家族の前ではもちろん、自身の父母であるあたしの祖父母と話すときですら標準語だった父が、地元が同じだという大将とは筑後弁で話していたので、ものすごくびっくりした。
   柳川ん言葉ば忘れとらんかったんとやね、としみじみ思った。

   残念ながら、当時父のお気に入りだった屋台は、大将が高齢になり閉めてしまったらしいけれど……


   そして、スープの中からまっすぐな細麺を掬い上げて、ずずっと啜る。

「あぁ、うまかばぁーいっ。やっぱ、こぎゃん細かか麺が良かっとよっ」

   それから、一口餃子を口の中にダンクする。

「うぅー、こん味ったいっ!旨か過ぎっちゃんっ!」

   そのとき、ハッ、と我に返った。

——ひいいぃっ!なぁんしょっとやぁ。故郷おくに言葉ば、ダダ漏れさせとぅたっちやぁーんっ!


「……今の言葉、博多弁?」

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