お見合いだけど、恋することからはじめよう

佐倉 蘭

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Chap.1 お見合い相手の田中さん

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「さてと。邪魔者は去ったし……堅苦しいのは、ここまでにしよう」

   それまでとはがらっと違う口調で、田中さんは告げた。神経質そうな表情が、急激に和らいだ。

「このまま、ここで話をしてもいいけど、外に出ようか?もう腹はいっぱいだろ?このまま死んじまっても悔いはない、ってくらい美味うまそうな顔して全部平らげてたもんな」

   いたずらっ子のように、にやり、と笑う。

「……おかげで話しかける隙もなかったよ」

——げっ、食い意地の張った子だと思われた?

「あ、あのっ……」

   田中さんのリムレスの眼鏡の奥にある、切れ長の目と合う。その目は不思議と冷たい感じはしなかった。

   じっ、と見つめられる。

「美味そうにぱくぱく食べる子は、見ていて気持ちいいね。毎日、食卓を囲むのが楽しそうだ。それに、好き嫌いがないというのはいいことだよ。人間関係においても共通するらしいよ」

   確かに、あたしにはこれといった苦手な食べ物はない。そして、人とのつき合いに関しても、今までさほど苦労したことがない。

   あの、厄介だった「大橋さん」であるところの誠子さんですら、最近では普通につき合えるようになってきたもんなぁ。
   彩乃さんが来てくれたおかげもあるけれど……

   能天気に食べていたあたしは——彼からがっつり「観察」されていたんだ。


「えっと……『半年ほどかかった』ってどういうことですか?」

   あたしは先刻さっきの父の言葉が気にかかっていたので尋ねてみた。

「きみはお父さんから、この話をいつ聞いたの?」

   逆に、田中さんから質問される。

「えーっと……先月、だったかな?」

   あたしがそう答えると、彼は前髪をくしゃっ、と掻き上げた。

「……自分から話を振ってきたくせに。あのオヤジ、いざとなったらかわいい娘を手放したくなくなったんだな?」

「あ、あの……?」
   話がイマイチ見えない。

「実はこの話、きみのお父さんから去年の夏あたりに勧められてたんだけどさ。まぁ、おれも、リーダー研修とかがあってなかなか時間がつくれなかったこともあるとはいえ……それにしても、な」

   へぇ……なんか自分のことは「僕」と言う雰囲気に見えるのに「おれ」って言うんだ。

——ちょっと、意外……いやいやいや、そうじゃなくて。


「あ、あのっ……失礼なことを聞いてもいいですか?」

   なんだか、見た目ほど話しにくい人でもなさそうだ。

「いいよ。なんでも聞いてくれていい。きみとおれは……結婚するかもしれないからね。きみが不可解に思うことをなるべく早く払拭しておくのは、おれにとっても賢明なことだ」
   そう言って、田中さんはニヤッと笑った。

   なんだか、そこに危惧していた「黒さ」が見えた気がして、やっぱり思い切って訊いてみるべきだ、と思った。

「た…田中さんは背が高くてイケメンで、そして、あたしなんかとは違って、すっごく頭の良い方だと思うんですけど……」

   すると、田中さんから「ありがとう」とお礼を言われた。

「あ、あのっ、あなただったら、お見合いなんてしなくても、いくらでも『自力』で結婚相手が見つかるんじゃないですか?」

   すると、田中さんは「あぁ、そうだな」とすんなり答えた。

——やっぱり。


「だとしたら……あたしとお見合いするのは出世のためですか?もしそうなら、あたしなんかより同じ官僚の姉の方がいいですよ?」

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