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Chap.1 お見合い相手の田中さん
⑧
しおりを挟む両隣のご両親も彼と同じように頭を下げた。
彼によく似た面立ちのお父様は、東証一部上場の証券会社、あさひ証券の常務取締役だそうだ。
小柄でかわいらしい雰囲気のお母様は、寿退社して専業主婦になるまでは、そのあさひ証券にお勤めだったという。
「いやぁ、田中君にはいつも無理を聞いてもらっていましてね。本当に助かっているんですよ」
父がそう言うと、
「いえ、こちらこそ、不甲斐ない息子を根気強くご指導いただき、感謝しております」
向こうのお父様がおっしゃる。
「あの……」
突然、母が口を開いた。
「釣書を拝見して、もしかして、と思っていたんですけれど……」
母が勤務先の女子校の名を挙げた。
「田中 亜湖ちゃんのおうちの方じゃございません?確か……うちの七海よりも二学年ほど下だったかしら?」
どうやら、彼の妹が母の学校の卒業生だったらしい。
「あらっ、もしかして……学年主任の水野先生でいらっしゃいますか?」
お母様が気づいたようだ。
「まぁまぁ、先生……ご無沙汰しております」
「いえいえ、こちらこそ。亜湖ちゃんはお元気ですこと?高等部のとき、生徒会の会計をしてもらっていた頃が懐かしいわ」
「ええ、おかげさまで、亜湖は会社で知り合った方と来月結婚式を挙げますのよ、先生」
「まぁ、そうなのっ!それは、おめでとうございます。ぜひ、亜湖ちゃんにお祝いを申し上げたいわ」
二人はあたしたちをそっちのけで、話し出した。
「……おい、今日は田中君と七海の見合いだぞ」
父が母をぎろっ、と睨んだ。
「やめんか、こういう場で」
お父様もお母様を睨んだ。
「だけど……こういうのが『御縁』って言うのかしらねぇ」
母がしみじみとつぶやいた。
「そうそう、七海もうちの女子校出身ですのよ。それに、亜湖ちゃんもT女子大に進学されましたわね。確か……数理科学科でしたわよね?」
うちの女子校では「定番」のコースだからね。……って、げっ、向こうは理系じゃん!? こっちはおんなじT女でも、底辺の偏差値の学部・学科なんですけれどもっ。
「まぁ、なんて奇遇なんでしょう。ほんと、『御縁』ってこういうことを言うんですのね」
お母様は満開の笑顔だ。
——いやいやいや。「定番」コースなんです。しかも、こっちは「底辺」ですから。
母親たちがこんな感じになってしまったものだから、父親たちまで話し始めた。
「娘さんが結婚されておうちを出られると、お寂しいでしょう?」
父がお父様に瓶ビールを注ぎながら尋ねると、
「私が名古屋に単身赴任していますので、それでなくても顔を見る機会が少ないのに、嫁になんか行かれると……しかも、一番結婚してほしくなかった男なんかと……」
今度はお父様が父にビールを注ぎながら、苦虫を噛み潰したような表情で答える。
——もしかして、そちらも娘に対して「親バカ」系?
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜
「……いやいや、私たちばかりがしゃべっていてもなんですから」
お昼の豪華懐石料理を食べ終えると、おもむろに父が言った。確かに、肝心のあたしたちはほとんど言葉を交わしていない。
——しまった。あまりの美味しさの方に集中しすぎてしまった。
だけど、向こうからも定番の話題である「ご趣味は?」すらない。一応、「映画鑑賞」と「読書」っていうのを考えてきたんだけどなぁ。
映画は邦画よりも洋画の方が好きだ(字幕を目で追うのは疲れるから日本語吹き替えであるが。しかも、家でごろごろDVD派である。)
読書は……せいぜい読むのはケータイ小説かスマホで読むマンガだけれども。
——ダメだ。付け焼き刃すぎる。話題を振られなくてよかったかも……
そんなふうに意識を飛ばしていて、急にハッと気づく。
——えっ、ま、まさかっ。お見合いの「お約束」のあのワードを言うんじゃないでしょうね?
「そうですな。……あとは若い者に任せましょうか?」
——げっ、向こうのお父様が言っちまいやがったよ。
「諒志、七海さんを怖がらせちゃダメよ。あなた、おとうさんに似て仏頂面なんだから」
お母様の言葉に、田中さんが理知的なお顔を歪ませる。
「七海、諒志さんにワガママ言っちゃダメよ?」
——なに言ってんのよ?初対面の人にワガママなんて言うわけないじゃんっ。ほら、田中さんだって、呆れたような顔してこっちを見てるじゃんよっ!
「本当にすみません。末っ子で、親が甘やかして育ててしまったものですから」
母があちらに頭を下げる。
——「親」ってあんたたちじゃんっ!あんたたちの「親バカ」のせいでしょっ⁉︎
「いえいえ、七海さんはどことなくうちの亜湖に雰囲気が似てらっしゃるから、初めてお会いした感じがしませんわ」
お母様がふっくらと微笑んだ。
——いえいえいえ、あたしにとってはバリバリ初対面です。緊張しまくりです。
互いの両親たちが席を立ち、個室から辞去するとき、なぜか父が最後に残った。
「……ここまで半年ほどかかったが、その甲斐あったな、田中」
父が笑いながら砕けた口調で言った。
田中さんは「上司」の父に対して、じろり、と睨んだ。
なんとなく、これが「普段の二人」なような気がした。
そして、父が部屋を出て行き——あたしと田中さん、二人だけ、になった。
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