お見合いだけど、恋することからはじめよう

佐倉 蘭

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Chap.1 お見合い相手の田中さん

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「……もおっ、水くさいわねっ。わたしのこと、『誠子』って呼んでいいわよ」

——いやいやいや。呼べませんって。

   あたしはぷるぷるぷる…と左右に首を振った。

「で…でも、水野さんの気持ち、わかる気がするかも。わたしなんか、ちゃんと勉強した最後の記憶は幼稚園のお受験なんだから」

   さすが、朝比奈さん。話を戻してくれた。

「彩乃……『七海』よ。わたしたち、秘書室の三人しかいない女子社員じゃない。他人行儀はやめましょう」
   大橋さんが諭すように言う。

——どの口が言う⁉︎

   だけど……

「あ…彩乃さん……」

   あたしから思い切って朝比奈さんを「彩乃さん」と呼んでみた。

   この際、余計なことはラララ星の彼方だ。お昼休憩の終わりの時間が迫っている。どうしても、聞きたいことがあった。

「副社長って、確かKO大を出てケンブリッジまで卒業してますよね?彩乃さんたち、普段はどんな話をしてるんですか?おバカなこと言ったら、副社長から呆れられたりしません?」

   あたしは、すっかり前のめりになっていた。

「そうよ、七海……その調子よ」

   大橋さんが「ひろみ」ではなく「ななみ」に向けて、「お蝶◯人」のように大上段から肯いていた。

「えっと……七海ちゃん、ほんとに他愛のない話だよ。それこそ、覚えてないくらい」

   朝比奈さん——彩乃さんが口ごもりながら答える。

「えーっ、副社長を相手にしてですか?すっごいイケメンだから、話していると緊張してどきどきしたりしません?」

   あたしなんて、副社長と話すどころかお顔を拝見するだけで、動悸・息切れ・めまいだよ?

   しかし、彩乃さんは首を振った。
 
「結婚したら日常生活になるんだから、それこそ他愛のない普通の会話で、しちめんどくさい小難しい話なんて、しないんじゃないの?」
 
   大橋さんが平然と言った。

「そんなことよりも、わたしが恐れるのは『切れない元カノ』ね。……愛人一直線だもんね」

   大橋さんはそう言って、目をすがめた。ちなみに、彼女にはまだ政略結婚する相手の影も形もない。

「彩乃、副社長は大丈夫?……あれほどの男よ」

——いやいやいや、あなた、つい先刻さっきまで彩乃さんから副社長を奪おうとしていた人ですよね?

「あたしのお見合い相手になるかもしれない人も……わかりませんよねぇ。そもそも、上司の娘とお見合いしようだなんて、出世のためとしか思えませんしね」

   そう言いながら、自然とため息を吐いていた。

「もし、そういう相手がいるんだったら、最初から政略結婚なんかせずに、そっちとちゃんと結婚すればいいのに」

「ほんとにそうよね。こっちはだれかを不幸にしてまで一緒になりたいわけじゃないもんね」
   彩乃さんがあたしに同調してくれる。

「あなたたち、甘いわ」

   大橋さんが、ちっちっちっ、と目の前で人差し指を振る。

「出世欲にまみれた男は……仕事も女も両方ほしいのよ」

   くどいようだが、彼女にはまだ政略結婚する相手の影も形もない。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜


   もうそろそろ、お昼休憩も終わりだ。

   彩乃さんが「あ、そうだ。大橋さ……」と言いかけて……「誠子さん」と言い直した。

「お料理始めるんでしたら、お弁当をつくることから始めるといいですよ」

   今日は話に夢中で、あたしたちはいつの間にか食べ終えていた。

「……わたしも、そうでしたから」
   彩乃さんはふっくらと微笑んだ。

   大橋さん——誠子さんも微笑んで肯いた。美しかったけれど皮肉めいて見えたあの笑みは、今はもうない。

   そういえば、今日は、彼女は長い髪を後ろで一つ結びにしている。ルージュもいつもより薄めだった。

   先週までとはあまりの変わりように、初めはびっくりしたけれど……

   もしかしたら、この人も、このままではいけないなと、どこかで感じていたのかもしれない。
   そして、自分を変える「チャンスの女神」と真正面からがっぷり四つになって、その前髪をがっちりと掴んだ。

   女神さまは後ろ髪を刈り上げにした、ファンキーなお方だもんね。

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