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Chap.1 お見合い相手の田中さん

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「と…とにかく、お昼食べましょうよ」

   朝比奈さんがそう言って、秘書室の隅っこにある簡素なソファセットへ促した。
   そして、ローテーブルに置いたランチバッグから、細長のランチボックスとサ◯モスのスープジャーとマイボトルを取り出す。

「……朝比奈さん、もしかして自分でつくるの?」
   向かいのソファに腰を下ろした大橋さんが、驚いた顔で訊く。 

「そうですよ。朝比奈さんはいつもお手製のお弁当ですよ」

   朝比奈さんの隣をキープしたあたしは、ローテーブルに置いたマイバッグから、出勤前に買った美味しいと評判のお店のサンドウィッチとマイボトルを取り出した。

「大橋さん、ぶっちゃけて言いますけど、うちの両親は政略結婚ですが、今でも円満にやってるのは母親の手料理のおかげだと思ってます」

   朝比奈さんの言葉に大橋さんが目を見張る。

「うちの母親は、家族を料理で手懐けておけば、大抵のことは丸く収まるって言います」

「わ…わたしも料理は習ったわよ。フレンチとかイタリアンとか」

   大橋さんならそういうお料理教室に行ってそう。でも、講師の先生に「丸投げ」してそうだけど……

   すると、朝比奈さんは、大橋さんを見据えて訊いた。

「大橋さん、それ、ちゃんと再現できます?」

   大橋さんが、うっ、と詰まる。

——やっぱり……

「フレンチは特にフォン・ド・ボーを取ったり、下拵したごしらえが大変だったりして実用性に欠けるんですよ。それに、大橋さんが狙ってるような男性だったら、そういう料理はレストランお店で食べさせてくれます。……それよりも、たとえ市販の顆粒だしを使ったとしても、簡単に手早くつくれる素朴な家庭料理がいいんですよ。そういうのは、レストランでは食べられませんからね。しかも、飽きがこないですしね」

「……ですよねぇ。あたしも今のうちにちゃんとおかあさんにお料理を習っておこうかなぁ」

   あたしも思わずため息まじりでつぶやく。

「実は、あたし……お見合いの話が来ていて」

「ええぇっ⁉︎ あなたまで、わたしを裏切って結婚する気?」
   大橋さんがムンクのように叫んだ。

——『裏切って』なんかないってばっ。それに、ほんとは今日のお昼は朝比奈さんにじっくりと相談しようと思ってたのにぃ。

「やっぱり、お見合い結婚の『先輩』の朝比奈さんに相談したいなぁ。……聞いてくれます?」
   あたしは朝比奈さんの方を向いて言ったのに、
「なになになに?……早く言いなさいよっ」
   大橋さんが身を乗り出す。めんどくさい人だ。

   彼女の前にはロ◯ソンで買ったと思われる「たまごとコロッケ」のランチパックとマチカフェのコーヒーがある。

——えっ、いつも数千円のランチを食してる彼女の今日の昼ごはんがこれ?

   あたしの目線に気がついたのか、
「来月のカードの引き落としが大変なのよ。ボーナス一括払いがあるの」
   大橋さんは顔をしかめた。

「大橋さん、まずマイボトル買いましょうね。コーヒーとかペットボトルとか毎日買ってるでしょ?」
   朝比奈さんが女神さまのように神々しく微笑んで、大橋さんにアドバイスし始めた。

   ちなみに、朝比奈さんのマイボトルはサ◯モスとス◯バとのコラボの春限定「SAKURAシリーズ」のもので、あたしのはサ◯モスとアフタヌ◯ンティーのコラボ商品だ。コンビニで買うペットボトルと同じサイズの五〇〇ミリリットルである。

   だけど……なんで、そんな話になるのっ?

——まずい。話を戻さなければ……

「ア◯ゾンでもロ◯コでもステーショナリーネットでもいいから、気に入ったデザインがあればポチッとしてください」

   つい、早口になってしまう。だって、この調子だったら、お昼休憩が終わってしまうもん。

「……で、聞いてください。うちの父親、金融庁のキャリア官僚なんですけど……」

   あたしは、お見合いになりそうな相手が、父の部下のT大卒の金融庁のキャリア官僚だということを言った。

「そんな頭のいい人と話が合うかなぁ。あたし、大学は指定校推薦だったんで、小論と面接だけで早々と合格もらって、勉強なんて実質、中学入試のとき以来してないんです。うちの姉がキャリア官僚で、その人とは同期っていうから、姉と結婚した方が話が合うんじゃないか、って思うんですけどねぇ」

「でも、七海、相手は官僚よっ。超優良物件じゃないっ!」
   大橋さんが身悶えながら叫んだ。

——な、七海?

   あたしは固まった。

「彩乃だって、そう思うでしょ?」

——あ、彩乃?

   朝比奈さんも固まった。


——大橋さん、わたしたち、いつからそんな距離感になりましたっけ?

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