お見合いだけど、恋することからはじめよう

佐倉 蘭

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Chap.1 お見合い相手の田中さん

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   本来ならば、大歓迎するところなのだが……いかんせん「今までなにもしてきていない人」である。

   大切な住所録のデータをふっ飛ばしたのを皮切りに、プリンターで出力する際に枚数の桁を間違えて大量排出、コピーをとればソートを設定せず、ファイリングでは穴あけパンチでとじしろを穴ぼこだらけにした上に、ファイルのタイトルを確認することなく手当たり次第に綴じていた。

——もう、ため息しか出ない……

   しかも、大橋さんは悪気があってやってるわけではないみたいなので、却ってタチが悪い。

   なので、仕方なく……

   あたしのPCに彼女が入力する前のデータをバックアップしてあったので、初めから入力し直す。
   大量排出された用紙は、全社挙げての経費削減の折、島村室長に見つかる前に「リサイクル」の箱へ、そ…っと入れておく。
   ソート設定せずにコピーされた資料は、会議が始まるまでに速攻であたし一人の「人力」によって並べて揃えて、マ◯クスのステープラー「商品名ホ◯チキス」で一部ずつぱっちんぱっちん留めていく。(コピー機にはステープル機能まで付いてるというのに…ううっ)
   とじしろが穴ぼこだらけになった用紙には目をつぶって、とにかく「正しい」ファイルにファイリングしていった。

   午前の業務が終わる頃には、あたしはすっかり、ぐったりと疲れていた。

   大橋さんはお昼休憩には必ず外で昼食をとる。もうすぐ、このストレスから解放される……と、思ったのだが。

   なぜか、大橋さんが一向に外へ出ていかないのだ。

   たまらず、あたしの方が秘書室から出た。向かう先は、滅多に足を向けない「副社長室」だ。

——朝比奈さん、助けてぇ。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


「……朝比奈さん、お昼休憩なんですけど」

   あたしは副社長室の前で、おずおずと彼女の顔を見上げた。確かにお昼休憩のときは、いつも秘書室で二人でお昼ごはんを食べているのだが。

「大橋さんが外に出ないんですよ」

   普段ここまで来ることのないあたしを見て、朝比奈さんが驚いた顔をしている。

「それだけじゃないんです。大橋さん、今朝からちゃんと業務をするようになったんです」

   朝比奈さんが、ええぇっ!?と、さらに驚く。

「でも、大橋さんは今までにろくに仕事してこなかったので」
   あたしの顔が曇る。

「……まともにできないわけね。結局は、水野さんがやり直すことになるのね」
   朝比奈さんはため息とともにつぶやいた。

「朝比奈さぁーん」

   ここは、会社なのに。家じゃないのに……とうとう、ふにゃっとした泣き顔になってしまった。


   あたしたちは重い足取りで秘書室に入った。

「遅いじゃない。どこ行ってたのよ」
   大橋さんがいきなり不平を言った。

「大橋さん、昨日は……」
   朝比奈さんがめずらしくもごもごと歯切れ悪い。

「いいのよ。副社長とのことは吹っ切れたから」

   あたしも朝比奈さんも、目を丸くする。

「実は、昨日あのことがあって帰ってから、うちのパパに『会社を辞めたい』って言ったのよ」

「ええぇっ⁉︎ 昨日、なにがあったんですかっ⁉︎」
   あたしは思わずムンクのように叫んでしまった。

「そしたら、パパが『せっかくコネで入れてやったのに、辞めるとはっ!』って怒ったの」

   ウワサでは大橋コーポレーションの社長は、娘を溺愛してるって聞いてたのに……

「それで、あのことを話したら、さらに激怒りしたの」

「『あのこと』ってなんですかっ⁉︎」
   話がまったく見えないんですけれどもっ!

「副社長の婚約者が、朝比奈さんだと知ってたのよ。『そんな縁談を壊そうとするなんて、うちのグループの社員と家族を路頭に迷わせる気かっ⁉︎』って、生まれて初めて本気で怒られたわ」

   大橋さんはあたしの「疑問」に答えることなく、マイペースに話を進めていく。
   どうやら、大橋コーポレーションのメインバンクが、朝比奈さんちのグループのあさひJPN銀行らしい。

「おまけに『今までワガママに育てすぎた。これからは、おまえの給料で小遣いを賄え』って言われちゃったの」

   そして、大橋さんはしれっと言った。

「だから、会社からクビにされないように、これからは真面目に仕事をしよう、って」

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