6 / 102
Chap.1 お見合い相手の田中さん
③
しおりを挟む本来ならば、大歓迎するところなのだが……いかんせん「今までなにもしてきていない人」である。
大切な住所録のデータをふっ飛ばしたのを皮切りに、プリンターで出力する際に枚数の桁を間違えて大量排出、コピーをとればソートを設定せず、ファイリングでは穴あけパンチでとじしろを穴ぼこだらけにした上に、ファイルのタイトルを確認することなく手当たり次第に綴じていた。
——もう、ため息しか出ない……
しかも、大橋さんは悪気があってやってるわけではないみたいなので、却ってタチが悪い。
なので、仕方なく……
あたしのPCに彼女が入力する前のデータをバックアップしてあったので、初めから入力し直す。
大量排出された用紙は、全社挙げての経費削減の折、島村室長に見つかる前に「リサイクル」の箱へ、そ…っと入れておく。
ソート設定せずにコピーされた資料は、会議が始まるまでに速攻であたし一人の「人力」によって並べて揃えて、マ◯クスのステープラー「商品名ホ◯チキス」で一部ずつぱっちんぱっちん留めていく。(コピー機にはステープル機能まで付いてるというのに…ううっ)
とじしろが穴ぼこだらけになった用紙には目をつぶって、とにかく「正しい」ファイルにファイリングしていった。
午前の業務が終わる頃には、あたしはすっかり、ぐったりと疲れていた。
大橋さんはお昼休憩には必ず外で昼食をとる。もうすぐ、このストレスから解放される……と、思ったのだが。
なぜか、大橋さんが一向に外へ出ていかないのだ。
堪らず、あたしの方が秘書室から出た。向かう先は、滅多に足を向けない「副社長室」だ。
——朝比奈さん、助けてぇ。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
「……朝比奈さん、お昼休憩なんですけど」
あたしは副社長室の前で、おずおずと彼女の顔を見上げた。確かにお昼休憩のときは、いつも秘書室で二人でお昼ごはんを食べているのだが。
「大橋さんが外に出ないんですよ」
普段ここまで来ることのないあたしを見て、朝比奈さんが驚いた顔をしている。
「それだけじゃないんです。大橋さん、今朝からちゃんと業務をするようになったんです」
朝比奈さんが、ええぇっ!?と、さらに驚く。
「でも、大橋さんは今までにろくに仕事してこなかったので」
あたしの顔が曇る。
「……まともにできないわけね。結局は、水野さんがやり直すことになるのね」
朝比奈さんはため息とともにつぶやいた。
「朝比奈さぁーん」
ここは、会社なのに。家じゃないのに……とうとう、ふにゃっとした泣き顔になってしまった。
あたしたちは重い足取りで秘書室に入った。
「遅いじゃない。どこ行ってたのよ」
大橋さんがいきなり不平を言った。
「大橋さん、昨日は……」
朝比奈さんがめずらしくもごもごと歯切れ悪い。
「いいのよ。副社長とのことは吹っ切れたから」
あたしも朝比奈さんも、目を丸くする。
「実は、昨日あのことがあって帰ってから、うちのパパに『会社を辞めたい』って言ったのよ」
「ええぇっ⁉︎ 昨日、なにがあったんですかっ⁉︎」
あたしは思わずムンクのように叫んでしまった。
「そしたら、パパが『せっかくコネで入れてやったのに、辞めるとはっ!』って怒ったの」
ウワサでは大橋コーポレーションの社長は、娘を溺愛してるって聞いてたのに……
「それで、あのことを話したら、さらに激怒りしたの」
「『あのこと』ってなんですかっ⁉︎」
話がまったく見えないんですけれどもっ!
「副社長の婚約者が、朝比奈さんだと知ってたのよ。『そんな縁談を壊そうとするなんて、うちのグループの社員と家族を路頭に迷わせる気かっ⁉︎』って、生まれて初めて本気で怒られたわ」
大橋さんはあたしの「疑問」に答えることなく、マイペースに話を進めていく。
どうやら、大橋コーポレーションのメインバンクが、朝比奈さんちのグループのあさひJPN銀行らしい。
「おまけに『今までワガママに育てすぎた。これからは、おまえの給料で小遣いを賄え』って言われちゃったの」
そして、大橋さんはしれっと言った。
「だから、会社からクビにされないように、これからは真面目に仕事をしよう、って」
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
カラダから、はじまる。
佐倉 蘭
現代文学
世の中には、どんなに願っても、どんなに努力しても、絶対に実らない恋がある……
そんなこと、能天気にしあわせに浸っている、あの二人には、一生、わからないだろう……
わたしがこの世で唯一愛した男は——妹の夫になる。
※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「常務の愛娘の『田中さん』を探せ!」「もう一度、愛してくれないか」「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレを含みます。


社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
カタブツ上司の溺愛本能
加地アヤメ
恋愛
社内一の美人と噂されながらも、性格は至って地味な二十八歳のOL・珠海。これまで、外国人の父に似た目立つ容姿のせいで、散々な目に遭ってきた彼女にとって、トラブルに直結しやすい恋愛は一番の面倒事。極力関わらず避けまくってきた結果、お付き合いはおろか結婚のけの字も見えないおひとり様生活を送っていた。ところがある日、難攻不落な上司・斎賀に恋をしてしまう。一筋縄ではいかない恋に頭を抱える珠海だけれど、破壊力たっぷりな無自覚アプローチが、クールな堅物イケメンの溺愛本能を刺激して……!? 愛さずにはいられない――甘きゅんオフィス・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる