上 下
4 / 102
Chap.1 お見合い相手の田中さん

しおりを挟む

   クリスマスの連休が明けたその日(ちなみにクリスマスは今年も家族と家でケーキを食べた。こういうことから、彼氏がいない期間も含めて母親にバレていたのだろう)あたしは憂鬱な気持ちで会社に向かった。

   あたしは、自動車会社を主体としていろんな分野の会社を傘下に収める富多とみたグループを統括する、TOMITAホールディングスという持株会社に勤務している。配属先は秘書室だ。

   よく勘違いされるのだが、秘書室に配属されたからといって「秘書」というわけではない。あくまでも「秘書」と胸を張って言えるのは、取締役などの重役の方々につく「専属秘書」である。

   なので、あたしのような者はせいぜい「グループ秘書」というのだが、それでもおこがましい気がする。「秘書室付きの事務職員」と呼ぶのが正しい。

   なぜなら、勤務するフロアは、重役それぞれの部屋は確かに、重厚なデスク・ゆったりしたチェア・ふかふかの絨毯、とたいそう豪勢ではあるが、ひとたび我が「秘書室」のドアを開けると、机も椅子もフロアマットに至るまで、階下の総務部・営業部・人事部と同じだからだ。
   やっている業務は、例えば営業部の事務サポートとたいして変わりがないと思う。

   就活前に履歴書への賑やかしのためになにか資格でも、と本屋でぱらぱらぱら…と参考書を見て「この級までなら面接もないし、この程度だったら」と思ったので、秘書検定二級は取得していたが、今のところ役に立ちそうなシチュエーションはない。

   配属されているのは、あたし以外には一人だけで、大橋おおはし 誠子せいこという。

——この人が、あたしの「憂鬱の元凶」なのだ。


   彼女は建設会社を母体とする大橋コーポレーションの社長令嬢で、新卒採用しかありえないこの会社の女子事務職では「異例」の「中途採用」での入社である。

   某女子大卒業後、どこにも就職せずに二十九歳になる今まで「家事手伝い」をしていたというのだが、どうやらわが社の社長の息子である独身超イケメン副社長に近づくために、あらゆる「伝手つて」を駆使したらしい。

   その独身超イケメン副社長の富多とみた 将吾しょうごは、スウェーデンの血が入ったクォーターで、日本でKO大学経済学部を卒業後、イギリスのケンブリッジ大のビジネススクールに留学して経営学修士M B Aを取得している三十歳である。

   あたしなんて畏れ多くて話をするどころか、近づくだけでも動悸・息切れ・めまいがして、この歳で心筋梗塞になりそうだ。

   目下のところ、あたしの副社長に関してのお仕事は、超多忙な彼のお昼ごはんを調達するために◯牛へ走ることだ。ビジネスランチのないときの彼の昼ごはんは、時間短縮が「最重要課題」なのだ。

   大橋さんは副社長の「専属秘書」を希望したらしいのだが(なんの経験もスキルもないのに逆にすごいと思わざるを得ないけれど……)すでにC大の法科大学院を出て司法試験に合格し、弁護士資格を持つ島村しまむら 茂樹しげきが就いていた。

   彼の肩書には「秘書室長」も加えられているため、あたしたちの直属の上司でもある。

   だから、大橋さんは島村室長にブロックされて、副社長にはおいそれとは近づけない。(ちなみに室長も、副社長とは対極の和風イケメンな三十一歳なのだが、大橋さんは眼中にないようだ。)

   大橋さんは「箱入り娘」と言えば聞こえがいいが、要するに「今までなにもしてきていない人」だった。

   PCを使うと言ってもせいぜい住所録の整理や出張の必要経費の入力程度のことなのに、
『こんなのやったことないわ』
とできないようだし……

   コピーをお願いすれば、
『なによっ、これっ、突然止まって動かなくなったわよっ』
と用紙をすぐに詰まらせ……(コピー機を叩くのはやめてほしい。)

   せめてファイリングでも、と思ったら、
『なんでそんなしちめんどくさいことを、このわたしがやらなきゃなんないのよっ!?』
と、逆ギレされる。

——結局、あたしがする羽目になるのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

そんな目で見ないで。

春密まつり
恋愛
職場の廊下で呼び止められ、無口な後輩の司に告白をされた真子。 勢いのまま承諾するが、口数の少ない彼との距離がなかなか縮まらない。 そのくせ、キスをする時は情熱的だった。 司の知らない一面を知ることによって惹かれ始め、身体を重ねるが、司の熱のこもった視線に真子は混乱し、怖くなった。 それから身体を重ねることを拒否し続けるが――。 ▼2019年2月発行のオリジナルTL小説のWEB再録です。 ▼全8話の短編連載 ▼Rシーンが含まれる話には「*」マークをつけています。

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

処理中です...