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Prologue
②
しおりを挟むそんな姉にひきかえ、あたしは「残りカス」のような人間だ。
一応中学入試のときにこの人生で一番勉強はしたのだが、合格した中学は母が勤務する女子校だけだった。母の母校でもあるから「ファミリー推薦」も威力を発揮したのだろう。
そして、大学はT女子大と言えば聞こえはいいが、指定校推薦での入学で、受験科目は小論文と面接のみである。もちろん「進路指導」をしたのは母親だ。
さらに、大学卒業後、TOMITAホールディングスという大企業に入れたのも……
(大きな声ではいえないが)母方の祖父がグループ企業のTOMITA自動車の販売店を経営しているという「縁」が「故」の「入社」である。
それから、見た目は姉とは一八〇度違って、母親似で大きな目にちんまりした鼻のため、かなりの童顔だ。すっぴんでコンビニへ行って缶チューハイでも買おうものなら、身分証明書の提示を求められそうなくらいだ。
また、ほんとは身長が一六〇センチあるのだが、どういうわけか一五五センチほどしかないイメージなのだ。
だけど、そんなあたしでも、二人目の子がほしくてやっと恵まれた両親にとっては「生きてるだけでいい」らしい。生まれてこのかた、たとえ中入のときですら「勉強しなさい」と言われたことはない。
そしてそれぞれの節目で、
『七海、よくやった!』
『七海、よくがんばったわね!』
と、ものすごーく喜んでくれた。
きっと「バカな子ほどかわいい」っていうのに違いない。
この降って湧いたような見合い話だって……
姉ほどの美貌なら、結婚相手なんて自力で見つけられるだろうし、あの優秀さなら別に結婚しなくてもじゅうぶん独身でもやっていけるだろう。
だが、せっかく入れてもらった会社で「秘書課」に配属されたと言っても、あたしは専属秘書たちが面倒でやりたくない仕事を引き受ける「雑用係」である。スキルアップなんて望むべくもない。
父もそれをわかっていて、あたしがあっという間に三〇歳になる前に、なんとか「永久就職先」を決めてやろうという「親心」なのだろう。
母の顔立ちによく似たあたしを、父は気になって放っておけないみたいだ。
あたしは、ちゃんと父の「話」を聞こうと思った。
「見合いの相手は、おとうさんの部下なんだけどな……」
父はあたしに「釣書」の入ったA4サイズの封筒を差し出しながら口を開いた。
にわかに「お見合い」というものが、なんだか現実のものとして、じわじわと身に沁みてきた。
だけど、こっちにあちらの釣書が来てるってことは、もうあちらにあたしの釣書が渡ってる、ってこと?……だれが勝手に書いた?
——きっと、母だ。だって、高校の「書道」の教員免許も持ってるもん。
かなり複雑な思いを抱きながら、あたしは封筒から中身を取り出した。
お相手は、田中 諒志という人らしい。
勤務先は当然ながら父と同じ、金融庁の証券取引等監視委員会である。三十一歳、ということは姉と同い年だ。
「……えっ!?」
経歴を見ると「御三家」の一角を占める中高一貫の男子校を経てT大学法学部を卒業し、国家公務員一種試験を突破した「キャリア官僚」だった。
「ちょっと……おとうさん、ほんとにこんな賢い人と、あたしがお見合いするの?」
あたしは信じられなくて、目を落としていた流れるように美しい毛筆から目を上げた。
「なんでだ?おとうさんと同じ経歴じゃないか」
父はこともなげに言った。確かに、中学から大学まで、父がたどったルートとまったく同じだった。
——だけどっ。
「あたし、バカだもんっ。こんなに頭のいい人とは絶対に話が合わないよ」
「あら、七海はバカじゃないわよ?」
「そうだ、七海はバカじゃないぞ!」
——それが「親バカ」っていうのよ。
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