1 / 102
Prologue
①
しおりを挟むその日、めずらしく父が早く帰ってきた。……といっても、本来は休日の土曜日なのだが。
あたし—— 水野 七海の父親・茂彦は、元は大蔵省の管轄下にあったが、省庁再編で現在は内閣府の外局にある金融庁の、証券取引等監視委員会というところに勤務している国家公務員だ。
わが国の最高学府の中でもトップに位置するT大学を卒業して当時の国家公務員上級甲種試験を突破した、世間でいうところの「キャリア官僚」である。
あたしたちはダイニングテーブルに座って、晩ごはんを食べていた。
いつものようにごはんを食べ終えて、まったりとお茶を飲んでいると……
「……七海、おまえ、見合いする気はないか?」
いきなり父からそう訊かれて、あたしはそのお茶を食道にではなく気管に入れてしまった。びっくりした気管が拒絶反応を示し、盛大に咽せ込んだ。
「あらあら、七海、大丈夫?……もう、おとうさんが急にお見合いの話をするから」
母がぎろり、と父を睨んで、あたしの背中をさすってくれる。多忙な父はせっかちな性格もあって、いつも「最短距離」で話を進める。
「……あぁ、悪かった、七海」
父はすまなそうな目をして、あたしを見た。
職場では(たぶん)鬼のように厳しい上司だと思うのだが、家庭では母・姉・あたしと女ばかりに囲まれているから、かなり形勢が不利である。
「おとうさん、せめて『彼氏はいないのか?』くらい確かめてから話すべきよ?」
母が呆れた口調で窘める。
あたしの母親・祥子は、国立の女子大ではトップのO女子大を卒業後、母校の女子校の教師になった。今では高等部の教頭である。
父とは学生時代に「友達の紹介」で知り合ったと言っているが、なんとなく今で言うところの「合コン」みたいなものだったんじゃないかと思う。二人に詳しく訊いてもいつもはぐらかされるから、きっとそうだ。
「……ま、ここ三年はそういう人はいないようだけどね」
母はお茶をすすりながら、平然と言った。
——図星である。さすが、教師。
仕事が忙しくて、わが子のことなんて見てないとばかり思っていたが、しっかり見ていた。
確かに、直近の元カレとは三年ほど前、彼の転勤がきっかけで別れた。
「おっ、おまえっ!彼氏がいたことがあるのかっ⁉︎」
父がダイニングテーブルの椅子から、いきなり立ち上がった。
——おとうさん、娘を何歳だと思ってるの?来年の二月には、もう二十七歳になるんだよ?
ま、こういうことになるだろうから、今まで彼氏になった人をうちに連れてくることはなかったんだけれども。
それに、うちの家族の経歴と職業を聞くと、決まって縮み上がっていたし……
今は休日出勤で家にいない姉の七瀬は、父と同じくT大を卒業後、当時の国家公務員一種試験を突破して、金融庁に入った「キャリア官僚」である。
とても同じ両親から生まれたとは思えないほど、あたしと姉は違う。
そもそも姉は、地元の公立といえほとんどの子が中学入試する小学校で「御三家」に楽々合格するだろうと言われていた(そして、その後実際に入学した)男子たちがひれ伏すくらいぶっちぎりの成績で「神童」の名をほしいままにしていた。
もちろん「女子御三家」のトップの中学に楽々と合格し、中学・高校の六年間一度も学年一位から陥落することなく、T大の文科一類に現役合格した。(医歯薬コースどころか文系・理系にすらコース分けしない姉の学校では、先生たちから最後まで理科三類を勧められていたらしいが。)
さらに……
姉は父によく似た細面に切れ長の目、すっと通った鼻筋の——つまり、正統派の超美人なのだ。しかも、背だってあたしより五センチほど高い。
中身ではなく容姿ばかりに重きが置かれると言って、本人は不本意だったらしいが、当然のごとく「ミスT大」に選ばれた。
血を分けたわが姉ながら、これこそ「才色兼備」という標本みたいな人なのだ。あまりにも偉大すぎて、妬んだり僻んだりすることすら畏れ多いと思ってしまう。
父は、姉が男に生まれてこなかったことを、心底残念に思っているに違いない。
1
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
カラダから、はじまる。
佐倉 蘭
現代文学
世の中には、どんなに願っても、どんなに努力しても、絶対に実らない恋がある……
そんなこと、能天気にしあわせに浸っている、あの二人には、一生、わからないだろう……
わたしがこの世で唯一愛した男は——妹の夫になる。
※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「常務の愛娘の『田中さん』を探せ!」「もう一度、愛してくれないか」「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレを含みます。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる