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Prologue

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   その日、めずらしく父が早く帰ってきた。……といっても、本来は休日の土曜日なのだが。

   あたし—— 水野みずの 七海ななみの父親・茂彦しげひこは、元は大蔵省の管轄下にあったが、省庁再編で現在は内閣府の外局にある金融庁の、証券取引等監視委員会というところに勤務している国家公務員だ。

   わが国の最高学府大学の中でもトップに位置するT大学を卒業して当時の国家公務員上級甲種試験を突破した、世間でいうところの「キャリア官僚」である。


   あたしたちはダイニングテーブルに座って、晩ごはんを食べていた。
   いつものようにごはんを食べ終えて、まったりとお茶を飲んでいると……

「……七海、おまえ、見合いする気はないか?」

   いきなり父からそう訊かれて、あたしはそのお茶を食道にではなく気管に入れてしまった。びっくりした気管が拒絶反応を示し、盛大にせ込んだ。

「あらあら、七海、大丈夫?……もう、おとうさんが急にお見合いの話をするから」
   母がぎろり、と父を睨んで、あたしの背中をさすってくれる。多忙な父はせっかちな性格もあって、いつも「最短距離」で話を進める。

「……あぁ、悪かった、七海」
   父はすまなそうな目をして、あたしを見た。

   職場では(たぶん)鬼のように厳しい上司だと思うのだが、家庭では母・姉・あたしと女ばかりに囲まれているから、かなり形勢が不利である。

   「おとうさん、せめて『彼氏はいないのか?』くらい確かめてから話すべきよ?」
   母が呆れた口調でたしなめる。

   あたしの母親・祥子さちこは、国立の女子大ではトップのO女子大を卒業後、母校の女子校の教師になった。今では高等部の教頭である。

   父とは学生時代に「友達の紹介」で知り合ったと言っているが、なんとなく今で言うところの「合コン」みたいなものだったんじゃないかと思う。二人に詳しく訊いてもいつもはぐらかされるから、きっとそうだ。

「……ま、ここ三年はそういう人はいないようだけどね」
   母はお茶をすすりながら、平然と言った。

——図星である。さすが、教師。

   仕事が忙しくて、わが子のことなんて見てないとばかり思っていたが、しっかり見ていた。
   確かに、直近の元カレとは三年ほど前、彼の転勤がきっかけで別れた。

「おっ、おまえっ!彼氏がいたことがあるのかっ⁉︎」
   父がダイニングテーブルの椅子から、いきなり立ち上がった。

——おとうさん、娘を何歳いくつだと思ってるの?来年の二月には、もう二十七歳になるんだよ?

   ま、こういうことになるだろうから、今まで彼氏になった人をうちに連れてくることはなかったんだけれども。

   それに、うちの家族の経歴と職業を聞くと、決まって縮み上がっていたし……


   今は休日出勤で家にいない姉の七瀬ななせは、父と同じくT大を卒業後、当時の国家公務員一種試験を突破して、金融庁に入った「キャリア官僚」である。

   とても同じ両親から生まれたとは思えないほど、あたしと姉は違う。

   そもそも姉は、地元の公立といえほとんどの子が中学入試する小学校で「御三家」に楽々合格するだろうと言われていた(そして、その後実際に入学した)男子たちがひれ伏すくらいぶっちぎりの成績で「神童」の名をほしいままにしていた。

   もちろん「女子御三家」のトップの中学に楽々と合格し、中学・高校の六年間一度も学年一位から陥落することなく、T大の文科一類法学部に現役合格した。(医歯薬コースどころか文系・理系にすらコース分けしない姉の学校では、先生たちから最後まで理科三類医学部を勧められていたらしいが。)

   さらに……

   姉は父によく似た細面ほそおもてに切れ長の目、すっと通った鼻筋の——つまり、正統派の超美人なのだ。しかも、背だってあたしより五センチほど高い。

   中身ではなく容姿ばかりに重きが置かれると言って、本人は不本意だったらしいが、当然のごとく「ミスT大」に選ばれた。

   血を分けたわが姉ながら、これこそ「才色兼備」という標本みたいな人なのだ。あまりにも偉大すぎて、妬んだり僻んだりすることすら畏れ多いと思ってしまう。

   父は、姉が男に生まれてこなかったことを、心底残念に思っているに違いない。

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