パフィーニップル

佐倉 蘭

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Chapter 1

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  それからは、これ幸いとボ◯モアスコッチのダブルロックを一人でっていたのだが……

「『アイラの女王』って……魅惑的な名前のくせに味は正◯丸って聞くけど、ほんと?」
 一つ向こうのスツールに座ってワイル◯ターキーの一三年をストレートでっていた男が、わたしに話しかけてきた。

 スコットランドのアイラ島にあるボ◯モア蒸留所でつくられる、その名も「ボ◯モア」というスコッチウィスキーは、大麦の麦芽百パーセントである「モルト」を使って、全行程を一つシングルの蒸留所だけでつくるシングルモルトで、「アイラの女王」と呼ばれている。

 男が言う『正◯丸の味』というのは、原料の麦芽をピートでいぶすことで発する風味のことに違いない。石炭になりそこないの「泥炭ピート」は、癖のある独特の匂いがするため、人によっては「薬くさい」という印象を持つからだ。

「ボ◯モアはスコッチにしては軽めのピートですけどね。むしろ、フルーティな甘さすら感じられるけど」
 そう答えて、わたしはバ◯ラのアルクールを男に向けた。

「……ひとくち、呑んでみます?」
「いいの?」
 男が上目遣いで尋ねる。
「どうぞ」
 わたしは、磨き込まれた無垢のアメリカンブラックチェリーのカウンターの上にアルクールを置いて、彼の方へ滑らせた。

 受け取った彼がひとくち、呑む。
「うっ……煙臭い。やっぱ、正◯丸だわ」
 その端正な顔が大きく歪んだ。すかさず、目の前のチェイサーを手に取り、ごくっと飲む。
 わたしは、あはは…と顎を上げて笑った。

「こんなの、旨いなんて言うヤツは『マニア』だな」
 わたしの許もとにアルクールが戻ってきた。ひとくち口に含んで、じっくりとピートの芳ばしい香りを愉しむ。
 ——この煙臭いスモーキーなのが醍醐味なんじゃないの。

「きみは、男の好みも『マニアック』なの?」
 口直しにター◯ーバーボンを呑む彼が訊いてきた。
「あなたの方こそ、万人受けする女の子が好みなんですか?」
 質問を質問で返してやった。

「そうだなぁ……」
 なぜか、彼がわたしの隣のスツールに移ってきた。ボスが座っていた席だ。
「これまではそうだったかもしれないけど、これからはなんだか違っていく『予感』がするな」

「わぁ……『お上手』!」
 わたしはお通しチャームに出されていたピスタチオの殻を剥いて、実を口の中に放り込んだ。
「『お上手』じゃないぜ。ほんとにそんな気がするんだよ」
 彼は至極マジメくさった口調で反論した。

「わたしの好みがマニアックがどうかはわからないけれど、相手の方がそうじゃないとうまくいかないのは確かですよ」

 「あぁ……きみのようなひとを彼女にするには一筋縄ではいかない、ってこと?」
 彼はうんうん、と肯く。
「違います」
 わたしは間髪入れずに否定した。

「わたしを定期的に抱くには、マニアックな男でないと無理、ってことです」

 ——わたし、なんでこんなこと初対面の男に言ってるんだろ?
 ボ◯モアのアルコール度数は四〇パーセントだった。酔いが回ってきているのかもしれない。

「どういうこと?……あっ、まさか、きみ……ヘンな性癖があるとか?」
「そんなのありませんっ」
 わたしは即座に否定した。
 ——性癖は、至ってノーマルだと思う。たぶん……

「じゃあ、なに?」
 彼が身を乗り出す。わたしが口を割るまで諦めない雰囲気だ。

 ——どうして、こんなことになった?

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