谷間の姫百合 〜もうすぐ結婚式ですが、あなたのために婚約破棄したいのです〜

佐倉 蘭

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Kapitel 4

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   昼餐を終えた昼下がり、『珈琲、飲まないか?Ska vi fika?』とリリを誘ったラーシュが、珈琲フィーカを飲みながら言った。

「……グランホルムへの手紙に『仕事が立て込んでいるのはわかるが、リリがこれからのことについて話したいと言っている』と書いて送ったら、彼から『でき得る限り早く仕事に段取りをつけて、イェーテボリに出向く』と返事が来たよ」

「そう……ありがとう、ラーシュ」
   兄に礼を述べたあと、リリもRörstrandロールストランドのカップを持ち上げ、中の珈琲を含んだ。

「私はそれ以上のことは書き記してないからね」

   つまり——グランホルム大尉は、リリの話がどういうものなのかをよく知らずに彼女のもとへやってくる、というわけだ。

   彼がいつ到着するかなんて、まだまったく予想もつかないにもかかわらず、リリに緊張が走った。

   家同士のつながりに重きを置く、彼の属する貴族社会では考えられない、本人——しかも女性の方から直接婚約破棄の申し出をするという、その特異さと重大さを、彼女は改めてひしひしと感じた。

「……後悔しないように、おやり」
   そうつぶやいて、ラーシュはまた珈琲を飲んだ。

   テーブルの皿の上に盛られたkanelbulleシナモンロールは、ひさしぶりに彼らの母親がおのずから作ったものだった。
   いかにも家庭の主婦が作ったという素朴な見た目と味だが、まだ兄妹が幼かった頃、競うようにして食べた思い出深いお菓子だ。

   しかし、この日の二人は、とうとう手をつけずじまいだった。


……そして、グランホルム大尉がリリを訪れる日が来た。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   スウェーデン王国軍の海軍——Kangliga Flottan王立艦隊の本拠地である軍港の街・カールスクルーナから、船でイェーテボリに到着したグランホルム大尉は、その足でシェーンベリ邸にやってきた。

   そして、シェーンベリ父子との固い握手によって出迎えられた大尉は、ひとまず男性の訪問客のための応接間スモーキングルームに通され、今般の世界情勢やそれにまつわる政治情勢などを、軍の機密に触れない程度に彼らと語り合って情報交換したのち、ようやくリリのもとへと姿を現した。


   やしきの南側に造られた大きく張り出したアーチ状の屋根の下、広い庭園が一望できるよう窓が最大限に切り取られた温室オランジュリーに、リリはいた。

   そこにはAlmedahlsアルメダールスの布地がふんだんに使われた座り心地のよい長椅子ソファが並べられ、晴れた日はもちろんのこと、雨の日も雪の降る日もどんな天候であろうと、珈琲フィーカを飲みながら目の前の庭園をゆったりと愛でることができる談話室サロンともいうべき場所であった。
   だから、スモーキングルームやドローイングルームなどとともに訪問客をもてなす「応接間」の一つになっていた。

   しかし、今の彼女にとっては、ちっとも居心地の良い場所とは思われなかった。


   ついに——このときが来たのだ。

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