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Kapitel 1
④
しおりを挟む山間にある片田舎の領地ではなく、王都・ストックホルムのタウンハウスで育ったビョルンは、家庭教師による指導と並行して、王都に新設され庶民の子どもたちが通うFolkskolaでも初等教育を受けていた。
その後は男爵家の子弟であれば、わざわざ外国なんかへ行かなくても、ウプサラやルンドなどの中世の時代から続く名門大学で学ぶことが可能だ。
事実、ビョルンの兄で男爵家の長男であるアンドレ・グスタフ・グランホルムは、ウプサラで勉学に励んでいた。
しかし、父であるMin herreは爵位の継げぬ「二男」が将来、庶民を相手に「実業」の世界で身を立てる気でいるのだなと心得て、世界でもいち早く産業革命を成功させた「先進国」英国へ、快く送り出すことにした。
同年齢だが身分の差もあって面識のなかったビョルンとラーシュであるが、言葉の違う異郷では心細かろうという学校側の計らいで、寄宿舎では同室になった。自然と交流は深まった。
だから、パブリックスクールを卒業したあとは、だれもがビョルンはシェーンベリ商会の伝手で実業の世界へ飛び立つものだと思っていた。
さらに、ラーシュの父・オーケは、林業で儲けた資本を元手にして、今度は国の基幹産業であるスウェーデン鋼の分野への参入を虎視眈々と狙っていたため、息子とは反対側の良き片腕になる人材を欲していた。
ところが——
ビョルンが選んだ進路は、スウェーデン王国の海軍だった。
そもそも、セント・ポールズ校を選んだ理由は、「仕立て屋の息子」という一庶民に生まれたにもかかわらず「英国海軍の父」と呼ばれるまでになった、サミュエル・ピープスの母校だったからだ。
彼には「商人」になる気など、露もなかったのである。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
——あぁ、私も「同じ階層」の相手がよかった。きっと、グランホルム大尉もそうに違いないわ。
念願叶って軍人になり、これで「シェーンベリ商会」からは逃れられたと思いきや、今度は「二男」に生まれついたがために下賤な娘を妻に押しつけられるのだ。
それが証拠に、彼らは結婚するにもかかわらず、数えるほどしか会ったことがない。
——なぜなら、貴族である彼とは生まれも育ちも「違いすぎる」から……
結局のところ彼は、自身の父が抱えるシェーンベリ商会への柵から、どう足掻いても抜け出せないでいるのだ。
そんな彼が、リリには気の毒に思えてならなかった。
だから、こんな二人の結婚生活が、愛のない形ばかりのものになるのは、今から目に見えていた。
妻である自分に求められるのは「善き家庭人」として子どもを産み育てることだけで、夫である彼の方は子どもさえもうけられれば、やがて貴族の感覚では「常識」の、家の外で「恋愛を愉しむ」ようになるのであろう。
——やっぱり『ご自分の結婚式』なんて、一生来ない方がいいのだわ……
そう思った彼女は、とうとう今晩「決行」することにした。
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