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わかばの恋
しおりを挟む「わかばっ!将吾さんが結婚しちまったからって、死ぬな……っ‼︎」
あたしを抱きしめる男の声が震えた。
「——なに言ってるの、翔くん?」
わたしはようやく、その男の名前を舌に乗せた。
「将吾さまが結婚したからって……あたしが死んだりなんかするわけないじゃん?」
あたしが将吾さま一筋だということは、あたしの周囲の人ならみんな知っていた。
とはいえ、大失恋したからってそんなバカなことするはずないでしょうが。
「……えっ⁉︎」
翔くんが、かばっと顔を上げる。
「……えっ⁉︎」
今度はあたしが驚く番だ。
そして、彼にすっぽりと抱きしめられている恥ずかしさにも気づいて、あわてて距離を取る。
「翔くんの髪……金髪じゃない……黒髪になってる……」
昨日バイトで会ったときは、真昼の太陽の光を浴びて吸い込んだかのような輝きを放っていたのに、今日は真夜中の漆黒の闇の果てのような色に染まっている。
「いったい、どうしたの?」
すると、翔くんは少し気まずそうにしながらつぶやいた。
「もう——将吾さんを『真似』するのはやめたんだよ」
あたしは高校生になったとき、少しは家計の手助けになりたいと思って、バイトを始めた。
企業内弁護士として将吾さまの会社に入った兄は、あたしに対して度を越した過保護に成長していた。
すっかり「頑固オヤジ」になってしまった兄は、知人が経営するファミレスでないとアルバイトは許さない、ときっぱり言った。
そして、兄の紹介で始めたそのバイトは、大学生になった今でも続いている。
高校生だった頃はホール係しかさせてもらえなかったが、今は調理場での仕事もさせてもらえるようになった。
最近のファミレスはヘルシー志向のため、カロリー計算などもバッチリなので、管理栄養士を目指している身としては勉強にもなる。
そこで、同じバイトとして一緒に働いているスタッフの一人が翔くんだった。
実は、彼はその大手ファミレスチェーンの社長の息子だった。高校生のときからすでに「後継者」として、現場で「修行」させられていたのだ。
だけど、彼は父親が経営するファミレスチェーンよりも、「伝説のバーテンダー」として名高いお祖父さんがオーナーを務める、バーの方に興味があった。「後継者」になるのなら、『じいちゃんの方でなりたい』と、常々言っている。
未成年だった頃から、お店の裏で下働きのような雑用をしていたくらいで、成年を迎えた今はがっつり手伝っている。バーテンダーのコンテストにも果敢に挑戦していた。
また、接客業のスキルを上げるために、いろんなジャンルの飲食店でバイトをしている。
「翔くん、金髪にしてたのは、おうちの人に対して『反抗期』だったからじゃないの?」
「ちっげえよっ!おまえ……ほんっとに、おれのことわかってないのな?」
はあ……っと、深いため息が聞こえてきた。
「大学どころか、学部まで将吾さんに合わせたさ。まぁ、うちの親はおれがうちの会社に入るもんだと思い込んで喜んでやがるけどな」
将吾さまは兄と同じく彼のお祖父さんのお店の常連だから、翔くんとも面識があった。
言われてみると、確かに翔くんは将吾さまが卒業したKO大学の経済学部に在籍し、ビジネスの勉強をしていた。かなりハードなところだと聞いているので、数々のバイトを掛け持ちしている身での両立はたいへんだと思う。
「だけど……将吾さまは翔くんが染めてたような金髪じゃなかったよ?」
そう、将吾さまはやわらかなカフェ・オ・レ色の髪色だった。
残念ながら、入社の際にチャラチャラしているように見られるのは心外だと言って、今はダークブラウンに染めちゃってるけど……
「ふん、ああいう天然の色を真似るのは、すんげぇ難しいんだよっ」
「じゃあ、そうまでして将吾さまを真似したかったのに、どうしてやめたの?」
すると、翔くんはまた気まずそうな顔になった。
「……おまえの大好きな将吾さんは、結婚して完全に手の届かないところへ行っちまったことだし、これからはちゃんと『素の自分』で勝負しようと思ったんだよ」
なんだか、急に不穏な空気になってきた。
翔くんの目があたしをまっすぐ射抜いてくる。その漆黒の瞳には、狙った獲物を決して逃さない獰猛なまでの「男」が潜んでいた。
将吾さんが彼女を見つめていた目に——すごく似ていた。
あたしはどうしても見返せなくて、欄干の外に目を逸らした。
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