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哀しい現実
しおりを挟むあたしは胸に輝くクロスのネックレスを指で触った。
将吾さまから今年の誕生日プレゼントにもらったもので、空色のケースのお店のものだ。あたしが持っている唯一のブランド品だ。
あたしを包み込むように優しく見つめる、あのカフェ・オ・レ色の瞳を心に浮かべる。
幼い頃から、二人の子どもを抱えて必死に生きる母や、そんな母を早く楽にさせたくていっそう勉学に励む兄には、どんなに寂しく辛いときでも甘えることはできなかった。
なにもできない「お荷物」な自分が、すっごく不甲斐なくてイヤだった。
自分さえいなければ、二人とももっと楽になれるのに、と思わずにはいられなかった。
でも——将吾さまのあの瞳が「そうじゃない」ことを教えてくれた。
お屋敷にいてもいい、ということをだれよりも教えてくれていた。
あたしは昨年、管理栄養士を目指すための大学に入った。
社長であるお父様の片腕として副社長に就任され、激務に忙殺されている将吾さまのために……
あたしができることは料理を通しての体調管理だろうと思って、進路を決めた。
三歳で出会ったあの頃からずっと、あたしにとってあの人が——将吾さまが、すべてだった。
なのに——
将吾さまが突然、婚約された。知らない間にお見合いされていたのだ。
お相手は、日本を代表するメガバンクの創業家のご令嬢だった。
皇室の方々を輩出した名門女子大出身。すらりとした長身で、まるでハーフかクォーターかのような華やかな風貌……
あたしたちお屋敷で働く者を見下す「鼻持ちならないお嬢様」に違いないと思った。
愛のない、典型的な政略結婚だと思った。
だったら、将吾さまにずっと想いを寄せてきたあたしの方が……と思った。
だけど——違った。
将吾さまと婚約した彼女は、早速実家からお屋敷へと移り住むことになったが、
『呼び捨てでいいですよ』
嫉妬に塗れて、険のある態度しかとれないあたしに、
『この家では「先輩」のあなたを呼び捨てにはできないわ。……わかばちゃん、って呼んでいいかしら?』
と、彼女はとても穏やかに微笑んで、ちっとも「鼻持ちならないお嬢様」ではなかった。
本当に「育ちのいい人」ってこういう人なんだ、って思い知らされた。
そして、「政略結婚」でもなかった。
将吾さまのカフェ・オ・レ色の瞳が、怖いくらいまっすぐに彼女を射抜いていた。それでいて、微笑んだ口もとからは、お砂糖のような甘さも感じられた。
あたしを見つめる、ただただ優しいだけの彼の瞳とは明らかに違った。
彼女を見つめるそこには、狙った獲物を決して逃さない獰猛なまでの「男」が潜んでいた。
あたしは気づいた。
将吾さまが……心の底から彼女を——愛していることを。
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