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Epilogue
②
しおりを挟むお互い、自分の欲望に飲み込まれて得手勝手に快楽だけを追求する時期は過ぎていた。
ちゃんと相手を見て、一緒に高めていける余裕も「やさしさ」も持ち合わせている。
とはいえ、やはり最後は互いを貪り喰らうような熱情の果てに絶頂を迎えたのだが——
要するに——「私たちの絆を深める儀式」は滞りなく済んだどころか大成功だった。
おかげで朝食でもなく昼食でもない、一緒くたの「ブランチ」になってしまった。
「……麻琴がまだまだ足りない」
玉子丼を食べて「精」をつけたのか、恭介がそう言って麻琴のバスローブの紐を、しゅるっ、と解こうとする。彼らはまだベッドルームにでもいるようなローブ姿だった。
もっとも、それは恭介の意向によるものだけれども……
——ま、まずいわ。このままだと、無限ループだわっ!
「あ、あのね、恭介さん」
麻琴は恭介の膝の上で抱えられたまま、彼を見下ろした。
「大阪へ転勤する話、なんだけど……」
恭介はその指でやさしく麻琴の頬に触れながら、彼女を見上げた。
「本当にどちらでもいいんだよ?どっちにしたって、僕がきみの傍にいることには変わりないんだから。それに、東京から離れた方がめんどくさい『松波』の親戚連中と距離も置けるしね。……あ、うちの両親や妹は大丈夫だよ。早くきみを連れてこいってうるさいくらいだ。先に麻琴のご実家に伺うつもりだけどね」
——そうだった。「結婚」は当人同士だけの問題じゃなかったんだった。
だからといって、もう後戻りする気はさらさらないけれども……
「それでも、わたし……大阪へは行かないわ」
麻琴はきっぱりと言い切った。
「やっぱり、ずっと製品デザインも続けていきたいもの」
確かに、守永さんの下について管理職のスキルを上げるのが、まだまだ女子社員で「上」を目指す人が少ないこの会社では最短ルートかもしれない。
だが、そのために入社以来スキルを重ねてきたデザインの仕事を手放すのは——やはり、惜しかった。
「それに、せっかく東京でチームリーダーになれたのに、半年後に転勤してその役目を放り出すわけにはいかないわ」
チームメンバーの上林や紗英もいるし、立ち上げたばかりの商品企画だってあるのだ。
元カレの芝田の手も借りた、新進気鋭のクリエイターたちのアート作品と麻琴がデザインするフレームのコラボレーションは、「MINA」という商品名でのシリーズ展開を目指して試行錯誤している真っ最中だ。まだまだ紆余曲折が予想される。
「mina」とはスウェーデン語で「わたしのもの」という意味であるが、日本語の「みんな」にも掛けている。
簡単に中身とフレームをその人それぞれに自由に組み合わせることができるからこそ……
いろんな人たちに手に取ってもらって、身近な生活空間でアートを感じてほしい、という願いを込めたのだ。
「そう……わかった。じゃあ、結婚式は少し先になるとして、籍だけは速攻で入れたいから、早くここに引っ越してきてくれよ?麻琴の美味しい料理、毎日でも食べたい」
——先刻は『すっごい集中力で僕のことを放ったらかしにするから』『もう、つくらなくていい』っておっしゃってませんでしたか?
しかし、今の恭介の食生活では「医者の不養生」真っしぐらだ。
そして、なによりも、麻琴が恭介とずっと一緒にいたい。早く、一緒に暮らしたい。
「麻琴自身も……毎日、食べたい」
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