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Last Chapter
⑨
しおりを挟む打って変わって今度は、ぎゅーっと麻琴を抱きしめる。
「もしかして……麻琴って、ああいうのがタイプなの?」
その恭介の口調は完全に拗ねていた。とてもめんどくさいことになっている。
「ちょ、ちょっとなに言ってんのよっ⁉︎」
麻琴はびっくりして叫んだ。
「ご、誤解ですっ!わたし、実はこの前、杉山くんのお店で……」
Viscumで久城 礼子と顔を合わせた際に、典士の父親である鮫島社長に会ったことを、ちゃんと「説明」しようと思ったのだが……
背後から麻琴の肩に顔を埋めていた恭介が、いつの間にか麻琴の首筋にちゅ、ちゅ、とくちびるを這わせている。
さらに、前に回った大きな右手のひらが、バスローブ越しに麻琴の豊かな胸を包み込んで、やわやわとしてきた。
「ちょ、ちょっと……恭介さんっ⁉︎」
急に恭介のマンションに連れてこられた麻琴には、当然着替えはない。シャワーを借りたあとは、恭介が用意してくれたバスローブを纏っていた。
Viscumが入っている外資系高級ホテル、マーヴェラス 東京ベイのスイートでも使われているほど、肌触りのよいバスローブだ。以前泊まったときに気に入った恭介が、ホテルに問い合わせてほぼ同じものを手に入れていた。
そのバスローブの紐を、恭介が左手でするっと解こうとする。
はっ、とした麻琴は両手でぐっと押さえた。
「Oh,Makoto,…I’m so pumped!」
〈あぁ、麻琴……僕はもう待ちきれないよ!〉
「…Excuse me?」
〈……なんですって?〉
思わず麻琴は聞き返した。
恭介はいつも上品な BBC Englishなのに、米語だったからだ。しかも、かなりきわどい意味も忍ばせた言葉である。
「Sorry…”pumped”は女性の前では品がなかったね。普通に” Can’t wait any more.”〈もう待てないよ〉って言えばよかった」
恭介はそう言って麻琴の肩にまた顔を埋めた。年甲斐もなくガッつきかけたことを反省しているらしい。
だけど、たとえ米語であったとしても、発音だけは相変わらず聞き取りやすくて上品だった。イギリスでRPと呼ばれるReceived Pronunciationである。
「I was wondering if you might care for my bedroom?」
〈きみは僕の寝室に関心はないのかな?〉
すると一転して、まるで職場で使いそうな言葉遣いになった。
——もちろん”my bedroom”以外の言葉だけどね。
「How come?」
〈どうしたの?〉
「Request the honour of your presence at the celebration of our union.」
〈私たちの絆を深める儀式に、あなたを招待致します〉
恭介の口調ががさらに堅くなった。
——今度は「招待状」みたいな言葉遣いね。
「I’m sorry...Please RSVP right now.」
〈悪いが、返事は今すぐほしいんだ〉
切羽詰まった響きにも聞こえる。
「Well then…」
〈それでは…〉
麻琴は振り返って、背後の恭介を見た。
彼は寄る辺なく、ぎこちない表情をしていた。プロポーズのときの方が、よっぽど堂々としていたくらいだ。
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